▼ 10.5
「やっ、ど、どいて」
俺の上にのしかかっている一輝の身体は、俺よりも大きく逞しい。その上、ベッドシーツに縫い付けられるように両手を拘束されているため上手く身動きが取れない。互いの指が絡み、くすぐったくて変な感じがする。
「か、ずき…っ」
熱を孕んだ瞳。
近距離で見下ろしてくる一輝の目は、明らかに友を見る目ではない。欲を含んだその瞳は、俺の下腹部に押し付けられている物同様、おかしなことだ。
そう。
おかしい。
「ひゃ…?!」
チュッとわざとらしく立てられた音。
近い距離が更に縮まったかと思えば、頬にキスされてしまった。しかもそれは一度でなく、何度も何度も…。
現在進行形で、俺は一輝にキスされている。
「なっ…、だ、ダメ…っ」
「駄目じゃない」
「だめ…!」
こんなことしていいわけがない。
俺たちは男同士で。しかも家族同然な存在。
許される行為ではない。
「…やめてよ…ぉ」
幾度も頬に唇を落とされる。そのキスの合間に、目尻に溜まった涙の粒すらも舐め取られて、情けないことに恐怖で俺は本格的に泣き出してしまった。
すると気のせいだろうか。
下腹部に押し付けられている一輝の物が更に大きくなった気がしたのは。
「信二…」
「…っ、…ッ」
「泣くな」
「ッ、ふ…、だれの、せいだと…っ」
「お前に泣かれると歯止めが利かなくなる」
「泣き、止んで…ほしかったら、どけよ…」
最後の方はもう泣き声で言葉らしい言葉にならなかった。
同性である一輝に上に乗られて、キスされて、怖くて泣いてしまったなんて、情けないことこの上ない。
「嫌だ」
「……っ、ふ」
「そしたらお前逃げるだろうが」
「…一輝が…いじわるだぁ…」
「一輝の反抗期ー」、「一輝のばかー」なんて自分でも訳の分からないことを泣きながら大声で罵倒しているのにも関わらず、一輝は俺を怒ることなどせずに何故か嬉しそうに笑っている。
「ああ、俺は意地悪だよ」
今更な話だろ?と笑みを浮かべ、いけしゃあしゃあと言った一輝に、何故だか嫌な気はしなかった。
「よく言うだろうが。好きな子ほどいじめたいって」
「…し、知らない…っ」
「じゃぁ、今覚えろ」
ふわりと優しい笑みを浮かべた一輝。
そんな優しく笑い掛けられると、戸惑ってしまう。本当に一輝が犯人なのだろうか。やっぱり間違いだったのでは?
…いや、一輝本人が言ったのだから間違いではないのだろう。
「………」
「信二?」
「…っ、…今好きなんて言われて、俺はどうすればいいんだよ」
「………」
「だって、警察に捕まっちゃう…っ」
この状況で俺の事を恋愛感情で好きなんて言われたって、どうすればいいのか分からない。断るにしても、どう言えばいいんだよ。余計に互いが傷付くだけじゃないか。
「信二は俺に捕まって欲しくないか?」
「そ、そんなの当たり前!」
「……俺のこと好き?」
「す、きだよ」
「俺と同じ意味で?」
「…それは、」
…違う、と思う。
だって今までそんな風に一輝を見たことなかったし。第一そういう恋愛はあまりいいことではないと思う。
でもそれを一輝に面と向かって言える勇気は俺にはない。
「……っ、わかんない」
「信二が俺と同じ意味で好きって言ってくれたら、俺捕まらない」
「ど、どうやって?!」
「どうやってでも」
一輝の真剣な眼差しは嘘を吐いているのようではなかった。何か捕まらない自信や根拠があるのだろうか。
分からないけれど、一輝の絶対は“絶対”だ。
「好き!好き、大好き!」
一輝が捕まらないなら、好きと言うくらいなら安い物だ。馬鹿の一つ覚えのように何度も好きと連呼すれば、何故だか一輝に割かし強めに頭を叩かれてしまった。
「…っ、痛ッ」
「ムードねーな、馬鹿」
「だ、だって…」
「まぁそういう所含めて好きになったんだけどな」
そして今度はチュッと音を立てられて額に唇を落とされた。「なっ…?!」と慌てふためく俺に構うことなく、一輝は俺の身体を起こす。
「……かずき?」
「俺は信二が思っている以上に、お前が好きだ」
「…う、うん…」
「本当に俺に捕まって欲しくないか?」
「う、うん!」
「後悔しねーか?」
言葉は足りないが一輝の言いたいことは分かった。
どんなに抗おうとも罪を犯したのは一輝自身。
一輝に捕まって欲しくないと言えば、それは被害者達を見捨てることとなる。
だけど。
一輝とイジメっ子達。
天秤にかけるまでもない。
「うん。俺は一輝の方が何倍も大切だから」
「……、」
「一輝?」
「…いや、今はその言葉だけでも十分か」
「え?」
そう言った一輝は嬉しそうに微笑みながら俺の頭を優しく撫でてくれた。その手はいつもと変わらずやっぱり優しく温かい。
「俺は捕まらねーよ」
「うん」
「ずっとお前の隣に居てやる。この命尽きるまで」
「……お、お手柔らかに」
そして俺達はどちらからともなく笑い合ったのだった。
この罪は共有財産。
最初は罪の意識からでもいい。
俺達はずっと側に居られる。
きっとお優しい信二は、二度と俺から離れられないから。
END
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