▼ 9.5
警察の人が家に来たとき、俺は何を言われるのか薄々分かっていた。だからこそ警官が重い口を開き、「君の友人が事件の容疑者だ」と言われたときは、慌てふためく母親とは正反対に妙に落ち着いていた自分が居た。
信じたくないけれど、目を逸らせない現実。
疑いたいわけではないのに、一度疑問を持てば、嫌でも考え込んでしまう。
俺をイジメていた主犯格の失踪事件。
そして前日にその彼が言い掛けていた一輝の謎。
その後再び起きた暴力事件。その被害者の男女数名は、俺を苛めてきた人達だった。
偶然にしては出来過ぎているじゃないか。
何故こうも俺のイジメに関わってきた人達が不幸な事件に遭っているのか。…もちろんだが俺の犯行ではない。確かに「むかつく」とか、「皆死んじゃえ」とか思ったことはあるけれど、仕返ししようと思ったことなど一度もない。
そんな勇気俺にはないし、もっと言うならば、そんな発想にすら至らなかった。
でも偶然とは思えない、この一連の事件は一体誰の仕業なのか。警察の人も俺と同じ考えに行き着いたのだろう。
…俺の身近な人だ。
「うそだ…」
でも。
でもだ。やっぱり“あの優しい一輝”の犯行ではないのではと頭の片隅で信じていた。だからこそ一輝本人の口から聞かされると、「ああ、やっぱり」という気持ちと、「そんなわけがない!」という二つの意見が絡み合って、頭が割れるほど痛くなる。
「…うそだ」
「嘘は吐かない」
「…っ、嘘って言ってよ!」
面と向かってその言葉を言われると、凄く辛い。
もう耐え切れなくなって、泣き叫びながら一輝の胸元を叩くのだが、一輝は抵抗するわけもなく、そんな俺の姿を見ながら薄く笑っている。
…なんで。
「何で笑ってるんだよ?!」
信じられない。あれだけ人を傷付けておいて、…何で笑ってられる?
あ、そうか。
「やっぱり一輝が犯人なわけではないんでしょ?」
嘘を吐いて、過剰反応をする俺を見て楽しんでいるんだ。そうに決まっている。だってそうじゃないと、何故この状況で笑っていられるのかが分からない。
「…可愛いな、お前は」
「……ゃ、…なに?」
「嘘じゃねーよ」
「……っ、」
急に頬をふわりと優しく触れられた。
いつも通りの優しい手つき。俺を安心させてくれる大きくて暖かい手。
「…こんな優しい手で人を傷付けたの?」
「ああ」
「…な、んで?」
「邪魔だったから」
「…邪魔?誰が?」
「信二に近づく全ての奴ら。触るのも、傷付けるのも、喜ばせるのも、泣かせるのも、…全部俺だけだ」
俺だけでいいんだ。そう言った一輝の顔は先程少し曇っているように見えた。
一輝のそんな弱弱しい表情は久しぶりに見た。
この優しい手で人を傷付けさせたのは誰の所為?
「…俺の所為?」
「……違う」
いや、違わない。
俺の所為なんだ。俺が弱い人間だったから。だから苛められていた俺を助けるために、一輝は仕方なく暴力を使ったんだ。
「ごめん」
お前の所為
ではなく、
俺の為。
俺が「優しい」?
本当に信二は馬鹿だ。
俺が優しいのは、お前にだけ。
他の奴らは、邪魔以外の何者でもない。
END
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