短編集 | ナノ

 好きに理由なんていらない





好き
に理由なんていらない











「出席を取ります。」


…あの強姦未遂事件から早三ヶ月が過ぎようとしている。
あの事件は大きな騒ぎなどになることはなく、あのときの三年生の生徒と、俺と赤坂以外知っている者は居ない。


なんとか平穏な日々を過ごしている…。



…とはいっても、やはり俺が不良生徒達に慣れることはなく、今でも教壇に立つと声が裏返ったりすることもある。

特にこの三ヶ月間で成長したことはない。



「…し、静かにしてください…っ。」


…騒がしい生徒達に注意をするだけでも、恐怖で声が震える。やはり俺は教師には向いていないのかもしれない。
厳しく注意したくても、生徒達に怒鳴られたり叩かれたりするのを想像すると、中々行動に移せない。
人はそう簡単に変われるものではないらしい…。




……だが、一つだけ変わったことがある。





ガン…ッ!




「…うるせぇ。…黙れよ、屑共…」


「あ、…赤坂…っ。」


そう。それはあんなに恐かった赤坂に恐怖を感じなくなったことだ。

あの事件以来、赤坂は授業に出てくれるようになった。俺が「授業に出てくれ。」と頼んだわけでもなく、赤坂は自主的に出席してくれるようになったのだ。

そして今のように赤坂は俺を助けてくれる。
…あんなに騒がしかった不良達は、赤坂の一声で嘘のように静かになるのだ。



「…ありがとう、赤坂。」

「…あぁ。」


助けてもらえたのが嬉しくて、お礼を告げると赤坂は笑みを浮かべて返事をしてくれる。その返事すらも嬉しいと思ってしまう俺はもう末期かもしれない。


意外と髪の毛が柔らかいところも、
意外と優しいところも、
意外と甘えっ子なところも、


俺だけ知っていると思うと、凄く優越感に浸れる。



本当に格好いいよな、赤坂って…。






そして実はこんな格好いい赤坂は、




俺の“彼氏”です。











________





恋人同士になったといっても、俺と赤坂は所詮“教師と生徒”。
思うように時間が合わないため、一緒に居れる時間が少ない。だから一緒に居られる時間は限られている。
平日は昼休みと放課後だけ。本当は欲を言えばもっと赤坂と一緒に居たいと思っているのだが、……そんなこと赤坂に言えるわけがなく…。

だから今は昼休みと放課後の限られた時間を、大事に過ごしている。


だが今日は俺の仕事が全く終わりそうにないため、赤坂には先に帰ってもらうように告げた。…手際が悪い所為で、折角の貴重な時間に職員室に一人で残業をしている俺は本当に情けない。

今の時刻は七時過ぎ。テスト期間がないため部活活動もなく、生徒はもちろん教師は居ない。

…兎に角、今は余計なことを考えず仕事を早く終わらせないと。



…すると急に職員室の扉が開く音が聞こえてきたため、俺は反射的に顔を上げる。




「夕。」

「…えっ?…あ、あれ?赤坂まだ帰ってなかったのか?」

「…帰ってたほうがよかったのかよ…?」

「そ、…そうじゃないけど、…俺、遅くなるから先に帰っててくれ、って言ったよな?」

「…言ってたけど、…別にいいだろ。」


ガラリと開けられた職員室の扉の方を見ると、何と会いたいとずっと思っていた赤坂が居た。
そして赤坂は俺の座っている椅子の隣の椅子に腰を下ろした。


………“赤坂も俺と同じ思いだったようだ”と、自惚れてもいいのだろうか?




「……何ニヤけてんだよ…?」

「べ、別に。ニヤけてなんかない…っ。」

や、やばいやばい。
思わず嬉しくて変な顔していた…。



「…あ、あのさ、…まだ仕事終わるのに時間掛かりそうなんだけど…、」

「……だから?」

「待っててくれる?」

「……仕様がねぇから待っててやるよ。夕は俺が居ないと、何も出来ねぇからな。」

「……な、…なっ…?!」

「ふっ、…そのくらいで拗ねるなよ。…可愛いな、お前…。」

「…ば、…馬鹿。う、うるさい…!」


な、何だろう…?
俺の方が年上なんだよな…?何で言い負けされてるんだろう…?
…悔しい…。



「…そ、そんなこと言って、実は赤坂の方が俺に会いたくて堪らなかったから、待ってたんじゃないのかよ?」

何だか俺ばかりが、赤坂を思っているような気がして悔しくかったから、俺は咄嗟にこんなことを口走っていた。


「…なーんちゃって、」

だけどすぐに自分で言ってて恥ずかしくなった俺は、話を紛らわせようとしたのだが…、



「ば、ばーか。別にそんなんじゃねぇよ…」


今の俺以上に頬を赤く染めている赤坂を見て、更に恥ずかしくなってしまったことは、…言うまでもないだろう…。





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