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深夜一時。
ベッドの上に放り投げていた携帯が鳴った。大半の人間はすでに床に就いている時刻だ。現に、俺の両親も仲良く眠っている最中だろう。普通ならば、この時間帯に電話を鳴らしてくるなど非常識極まりない。
「…やっときたか」
だが俺は電話が掛かって来るだろうことを予想していた。…いや、敢えて言えば電話が掛かってきて欲しいと思っていた。きっと電話を掛けてきた主は、警察から色々な話を聞き、焦り、困惑し、そして悲しんでいるのだろう。
そんな弱りきった可愛い姿を見てみたいと思う俺は、とことん性根が捻じ曲がっているのだと思う。
携帯画面を見れば、着信はやはり『信二』からだった。
「もしもし」
『か、ずき?』
「ああ」
『ごめん、こんな夜遅くに……。あの、その…、』
「俺に話があるんだろ?今からそっちに行くから」
『…え?』
「また後でな」
『ちょっ、一輝、』
俺は信二にそれだけを伝えると、電話を切った。
俺の家から信二までの家は、徒歩一分の短い距離。だがその短い距離さえ酷く遠く感じるときがある。特に今のようなときだ。不安でいっぱいで、何を信じ、誰を信じればいいのか分からず困り果てている信二を一度突き放し、そしてその後はドロドロになるまで甘やかしてやりたい。
そうすれば信二は更に俺へ依存していくはずだ。
俺なしでは生きていけなくなるほどに。
「…早く食いてぇ」
だがまだ早い。時ではない。
そう自分に言い聞かせ、俺は上着を羽織り、足早に家を出た。
*****
「夜分遅くにすみません。お邪魔します」
「あ、あら一輝君いらっしゃい。このまま泊まっていってもいいからね」
「…ありがとうございます」
信二の家に行けば、早々に信二の母親に出くわした。その目にはいつもと違って侮蔑の色が混じっている。きっとこれは夜遅くに来たからというわけではないだろう。今までにもそういうことは数回はあったはずだから。
…そうあからさまに態度を変えるというのか。
まぁ、どうでもいいことだ。
もう少し。もう少しだ。
お前たち汚い大人には信二は勿体無い。すぐに信二をこの手で奪ってやる。
「一輝、こっち…」
「ああ」
俺の腕を掴み、自室へと引っ張っていく信二の後ろ姿を見て、俺はそう再確認したのだった。
繋いだ手は、
二度と離れない。
二度と離さない。
本格的に食うのはまだ早いが、
味見くらいならいいよな?
END
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