短編集 | ナノ

 6.5





「ぐすっ、…ひっく、」

俺の名前を呼びながら。
必死に謝罪の言葉を述べながら。
一人残された教室で子供のように泣き喚いていた信二は、少しずつ平静を取り戻してきたようで、鼻を啜り始め、暫くしてから泣き止んだ。教室の扉に寄り掛かりながら中の様子を嬉々として窺っていた俺としては、もっと泣き喚きながら俺に許しを請う信二の弱りきった泣き声を聞いていたかったのだが、そろそろこの場を離れなければいけないだろう。


間違って物音を立てないようにゆっくりと。
そして靴を履き替え、学校から出て帰路を通る。
そうすれば至福のときはすぐに訪れるはずだ。



「…か、一輝!」


…ほらな。
俺は後ろに居る信二に聞こえないように、ふっと笑った。

きっと涙と鼻水で顔中汚くしているんだろう。ああ、可愛いな。その汚れた顔中を舐めて俺が綺麗にしてやりたい。


「かず、きっ」


だがまだ振り返ってはやらない。


「や、だ、かず…き」


そう。
もっと、もっとだ。泣き喚け。
そして俺だけに縋り付け。


「かずき!」

そして一際大きい声で名前を呼ばれた後、俺の背中に衝撃が訪れた。信二が後ろから抱き付いてきたのだ。俺の腰に腕を回し、まるで逃がさないと言わんばかりに抱き付いてくる。


「……」

その際、信二の身体が震えていることに気が付いた。その瞬間、何とも表現できない満足感を味わうことが出来た。
…可愛い奴だ。今すぐ家に閉じ込めてその赤くなった耳元で声が枯れるほど愛を囁いてやりたい。


「…何だ?」

だが俺はその溢れんばかりの気持ちを抑え込み、極めて冷静な対応をした後、やんわりと信二の腕を外そうとした。…だが、信二の腕は簡単に外れない。俺に抱き付いている信二を強引に引き離すことは簡単な事だが、そこまですることはないだろう。


「…離せ」

「やだ…っ」

「邪魔。歩けねぇ」

「………、」

「…信用ならねぇ俺に何か用なのかよ?」

「ち、ちがっ」

「違わねーよ。結局お前は口だけだ」

「違う、違う!」


とことんまで追い詰めて、低い声で切り捨てるように言葉を吐けば、信二が顔を埋めている腰に冷たいものを感じた。しゃくり上げる声を聞く限り、再び泣き始めたのだろう。
俺の着ているシャツに信二が分泌した体液が染み込んだ。あーあ、もうこの服も二度と洗えねぇな。


「一輝、ごめん」

「…何が?」

「ぜんぶ」

「全部って何だよ」

「嘘吐いた事や、一輝に黙ってた事…」

「………」

そして信二はぽつりぽつりと今までの事を話し出した。時折、しゃくり上げたり鼻を啜りながら。

二年生に上がっていじめられ始めたこと。
そのことを俺に気づかれたくなかったこと。
だから久しぶりに始まった今日のいじめも俺に知られたくなかったことも。


「信用してないわけじゃないよ。ただ、…自分が情けなくて。一輝に心配させたくなかったのはもちろん、変なプライドが働いて誰にも知られたくなかったんだ…」

「……」

「だから本当に頼りないとか思ってないから…っ」

「それが信用してないってことじゃねーのか?」

「…え…?」

「もし俺がいじめられてたらお前どうする?」

信二には何も相談せず、お前の知らない所で悩んでたらどうする?と深く訊けばここで初めて信二は俺の腰に埋めていた顔を上げた。


「そ、そんなのやだ!」

「何でだ?」

「俺に一言言って欲しい。腕力に自信はないけど、一輝の役に立ちたい…っ」

「…そうだろ?俺も、それと一緒だ」

「……あ…、」

「俺もお前と同じだ。」

「………うん」

「俺に言って欲しかった。頼って欲しかった」

「…う、ん」

「苦しいって、助けてって。」

「…ぐすっ、…うん、うんっ」

「でも、…俺も気付けなくて悪かった」

「……ひっく…、ぅえ…っ」

「悪い、信二」

「かずきいぃ…っ」

そして此処が外だということも忘れて、わんわん泣き始めた信二は俺の胸に飛び込むように抱き付いてきた。俺は信二の身体を優しく抱き締める。


「これからは俺が守ってやるからな」

「…ありがと、」

「ああ、これからも一生、な」


空気を吸い込めば、信二の香りが鼻を通る。その匂いに胸が高鳴る。俺は信二の震える身体を抱き締めながら、嬉しさと愛しさで暫く上がった口角が元に戻らなかった。







可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。



もうそれはこのまま抱き殺してしまいたいくらいに。
愛しくて堪らない。お前をもし殺してしまっても、悪いのは俺でなくお前自身だよな?

だって、ここまで俺を狂わせた信二が罪深いのだから…。




END



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