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俺が苛められなくなって四ヶ月が経った。
それはイジメの主犯格が居なくなってから経った月日もまた同じ。平穏な町で起こった失踪事件だったから、大々的なニュースにもなったのに未だ見つからぬまま。大怪我をしていたことから家出のケースは考えられにくく、事件に巻き込まれ死亡してしまったのかもしれないと報道されていた。
手口も分からぬその失踪事件ゆえに、「神隠し」、そんなことも言われていた気がする。
あんなに驚きとショックを隠せず泣き喚いていたクラスメイトさえも、今ではそんな事件すらなかったかのように、むしろそんな人物が元々存在していなかったかのように楽しそうに談笑している。
「………」
そんなものなんだろうか?
クラスメイトの皆はあんなに慕っていたじゃないか。楽しそうに笑い合っていたじゃないか。それなのに、もう忘れてしまうものなの?
あの人でさえも四ヶ月という短い月日で忘れられるのならば、俺は一体どれほどの短い月日で忘れられてしまうのだろうか。
そう考えると凄く怖い。
俺の事を覚えてくれる人なんてこの世に居るのかな?
例え俺が今すぐ死んじゃっても一輝だけは忘れずに居てくれるかな?俺はちゃんと一輝の心の中に居続けられるかな?
「おい」
「……、え?」
「これ、俺の代わりに出してきて」
「え、…、っ、え?」
誰と話すわけでもなく自分の席に座っていたら、ふと話し掛けられびっくりして言葉らしい言葉が出ない。
「……俺?」
「他に誰が居るんだよ」
「……、」
「何その顔?嫌な訳?」
「ち、違うよ。…い、行くよ」
渡されたクラスメイト分のノート。
恐い顔で凄まれてしまえば断れるわけもなく、言う通りに従った。
早足で教室を出て、溜息を吐く。
これは所謂パシリというやつだろうか。
「………」
やっと平穏な日常が戻ってきたかと思っていたのに、また前の苦痛な生活に戻ってしまうのかな。いやでも、偶々近くに居た俺に頼んだだけかもしれない。
悲観になる事もないよな。
そう思っていたのだが。
どうやら勘違いでも偶々でもないらしい。
「ふざけんなよお前」
「で、…でも、っ」
「俺たちが金出せって言ったら、素直に渡せばいいんだよ」
「…、ッ、痛」
「また前みてぇに殴られ続けたいのか?ん?」
「………、」
その日の放課後俺はカツアゲにあってしまった。それはもちろんのことクラスメイトからで。怖くて入学当初の記憶を嫌という程思い出してしまう。
罵声に後ろから聞こえる女の子たちの笑い声。
これが怖くて惨めで悔しくて堪らない。
だけど非力な俺には抵抗する勇気も、この男たちに勝てる腕力も持ち合わせてはいない。でもこんな奴らにお金を渡すのも嫌だ。
「おら、財布貸せ」
「っ、あ…ゃ、だ!」
「中身これだけかよ?少ねーな」
「や、止めて、返して!」
「煩せぇ!」
「っ、ぅ…ッ」
腹部に蹴りを入れられ、衝撃に身体が後ろに吹っ飛び、あまりの痛みにそのまま蹲る。
痛い、痛い、痛い。
苦しい、苦しい、苦しい。
悔しい、悔しい、悔しい。
何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
悔しさと痛みに唇を噛み締め、男たちを睨み付ければ、俺のその目付きが気に喰わなかったのだろう。男たちは再び俺に近付いてきた。
また蹴られる…!
そう思った俺は、反射的に身体を丸め、両腕で頭を隠した。
しかしその時だった。
「…信二?」
その場に似合わない透き通るような低い声が聞こえてきたのは。
その声の主は俺の大好きな人で。
でもだけど、今のこの状況を一番見せたくなかった人で。
「か、ずき…?」
涙でぼやける視界で一輝を見て名前を呼べば、招かれざる客の登場に俺だけではなくクラスメイトも驚いていた。女の子に至っては、顔面を蒼白させキャーキャー言いながら逃げるようにその場を去って行った。
そしてそれに釣られるように一拍置いた後、男たちも逃げて行く。
「………」
「………」
そしてその場に残された俺と一輝。
互いに言葉も発さなければ動きもしない。
何と言えばいい?どうやってこの場を凌げばいい?どうしたら上手くごまかせれる?
一方の俺は必死に頭をフル回転させ、打開策を考えていた。
「…信二」
「、え…、な、何?」
「大丈夫か?立てるか?」
「う、うん。立てるよ。大丈夫だよ」
嘘。
本当は凄く痛いし、立つなんてもってのほか。だけどそのことに気付かれたくなくて、痛む身体に鞭を打ちながら立ち上がった。
「………」
「………」
そして再び訪れる沈黙。
必死に言葉を探そうとしている俺と同じように一輝も俺に何と言葉を掛けようか迷っているのかもしれない。
「一輝っ、ち、違うから!」
「………」
「い、イジメかと思った?あはは、そんなんじゃないよ!ちょっと俺が怒らせちゃっただけだから」
「………」
「本当だよ!行き過ぎた喧嘩って奴、かな?そうそう!友達同士のじゃれ合いって奴!」
「……うざい」
「、っ、え…?」
思ってもいなかった一輝の冷ややかな声と言葉に、思わずひゅっと喉が鳴った。
「はっきり言えよ。イジメられてるんだろ?」
「ちが…っ」
「うぜぇよ。あいつらも。信二も」
「……っ、」
「そんなに俺は頼りねぇか?イジメられてる事実を隠すほど俺は信用ならねぇか?」
「……、」
…違う。
そんなんじゃない。
一輝の事は心の底から信頼している。
だけど今何と言えばそれを信じてもらえる…?
「…か、ずき」
「…邪魔したな。もう干渉しねぇから、“友達のじゃれ合い”って奴を精々楽しんでろよ」
「……あ、」
一輝はそれだけを言うと、足早に教室から出て行ってしまった。引き留めようにも、俺なんかにその権利があるはずがない。
「………」
一人になった瞬間、涙が馬鹿みたいに溢れ出てきた。
「っ、…ひ、っく」
両手で拭う事すら出来ないほど大量に。
「ごめ、ん……一輝っ、」
しゃくり上げながら、居なくなった一輝に謝罪をしながら俺はその場に座り込んだのだった。
…教室の扉に寄り掛かりながら俺の泣き声と謝罪を聞きながら、一人ほくそ笑む一輝が居たなんて知らずに…。
とことんまで弱って
泣き喚きながら
俺に縋ってくればいい。その時は突き放した今の分まで、優しく介抱してやるよ。
しかし俺が事の終わりだけでなく、事の始まりさえも見ていたなんて知ったら信二はどんな顔を見せてくれるだろうか?
想像するだけで勃っちまいそうだな。
END
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