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あの全校集会から四日経った。
俺に暴力を振るってきたクラスメイトの主要人物達は未だ学校には来ていない。それもそのはずだ。立てる状態ではないらしいし、どうやらまだ意識を取り戻していない人も居るらしい。
…何故「らしい」という曖昧な表現を使うのかというと至極簡単な事だ。
いじめられていた俺がのこのこと見舞いに行けるわけもなく、噂話だけで情報を得ているからだ。
俺以外のクラスメイトは見舞いに行ったようだけど。
俺ももちろん心配はしているのだが、…でも俺なんかが行っても邪魔になるだけだろうし。
それに、
「…信二」
「あ、うん。すぐ行くよ」
平穏な日常が戻ってきてくれただけで今の俺はとても幸せだから。毎朝一輝と一緒に登校出来て、昼ご飯も一緒に食べる事が出来て、そして今のように一緒に下校も出来る。
本当にそれが凄く幸せ。
今まではこれが普通だと思っていた。
だけどこれほどまでに「普通の日常」が幸せなのだと知らなかった。今思えば幸せ慣れしていたのだろう。
「どうした?」
「……へ?」
「機嫌良さそうだな」
「…え?わ、分かるの?」
「当たり前だろ」
何年一緒に居ると思ってるんだ。
そう言った一輝は一瞬だけ笑みを見せてくれた。
「凄い、本当に分かるんだっ」
「ああ」
そんな一輝のさり気ない一言からも、いじめられて落ち込んでいた心は、一気に癒される。これだから俺は一輝が大好きだ!幼馴染最高!
「……それで?」
「、いたっ」
一人ニヤニヤ笑みを浮かべながら、あまりの幸せに緩む頬を押さえていたら、急に一輝からでこピンをされた。…地味に痛い。
「…それでって?」
「そのだらしない表情の理由は?」
「だ、だらしないとか失礼だぞ」
「いいから、早く言え」
「…横暴だなぁ」
言いますよ、言えばいいんだろー。
だから睨まないでよ。
「ただ、幸せだな…と思って」
「…幸せ?」
「こうして一輝と一緒に居られる事が」
「………」
「クラスは別になったけど、変わらず一緒に居られることって本当に嬉しい事だから」
一輝は俺がいじめられていた事なんか知らないだろうけど、本当にあの時は辛かった。
物を隠され、わざと聞こえるように言う陰湿な陰口、それに暴力。クラス内には俺の味方など一人も居なかった。
「一輝は俺にとって大切な存在だよ」
一輝からしても、俺という存在が一番だったらいいな。
「…ばーか」
「いだっ!…な、何で叩くの?!」
「うるせ、知るか」
「はぁ?!」
「……ああ、クソ」
「何で怒ってるんだよー」
「お前は少し黙ってろ」
「……むー」
「…飲み物買ってきてやる。何がいい?」
「え?何で?」
「……熱を冷ましたいからだ」
「熱?…あ、んーと、炭酸じゃないやつなら何でもいいよ」
「分かった。そこに居ろ」
絶対に動くなよと念を押され、俺は上手く状況を把握出来ないまま一輝の言葉通り頷いた。一輝は俺の反応を見た後、少し遠くにある自動販売機の方へと歩いていった。俺はその後姿を眺めながら首を傾げる。
「一体何だったんだ?」
俺、怒られるようなことを言っただろうか?
いや言っていないはずだけど。もしかしたら俺のこの幼馴染愛が重すぎたのかな?…これって俺の一方通行の愛なのか?
それは寂しいな…。
「……おいっ、」
溜息を吐いたその瞬間、急に後ろから肩を叩かれた。
「え?」
急な事に驚き、叩かれるまま後ろを振り向けば、松葉杖を付いて痛々しそうに立っているいじめの主犯格だったクラスメイトが居た。
「…な、…何で、」
今までの幸せな雰囲気は何処へやら。
この人から暴力を振るわれた事を身体も心もはっきりと覚えているようで、みっともないくらいガクガクと身体が震えた。
「っ、怯えんな。…もう何もしねぇから」
「…なら、何、…どうした、んですか?」
同級生に敬語を使うなんておかしい事だと思う。
だけど俺にとってはこの人は恐怖対象なのだ。震える声を絞り出して目の前の人物の様子を伺った。
だっておかしいだろ?
この人は俺をいじめてて、そして先日何者かに闇討ちされていて、こんな状態なのに何でわざわざこんな所に?
…何で俺の所に?
「お前に言うべきことがあったからだ」
「言うべき、事…?」
「ああ」
「……なん、ですか?」
「お前にあんな酷い事をしてきて信じて貰えるか分からねぇけどっ」
「………?」
「いや!無理にでも信じて貰いたい。聞いてくれ。…お前の事が心配だからっ」
必死な形相で何かを訴えようとしてくる目の前の人物からは悪意も何も感じられなかった。俺は戸惑いながらもコクンと一回だけ頷いた。
「お前の幼馴染っていうやつ」
「……一輝?」
「ああ、そいつだ」
「…一輝が、何…?」
何だろう。
嫌な予感がする。
この先の台詞は聞いてはいけないような。
…そんな予感。
だけどここまで言われたら聞かざるを得なくて。
この人の口も止まらなくて。
俺はカラカラに乾いた喉を潤すように、一度唾を飲み込んだ。
「そいつが、…そのクソ野郎が、俺達を、っ」
……ガチャンッ。
その人の台詞を最後まで聞く前に、後ろで何かを落とす音が聞こえて、俺は反射的に振り返った。
「…か、ずき?」
「ああ、悪い。何か大事な話中だったのか?」
どうやら買ってきた缶ジュースを落としてしまったらしい。帰ってきた一輝は意味有り気に含み笑いを浮かべながら、落ちた缶ジュースを拾っていた。
「っ、」
「…信二の友達か?」
「え、……あ、うん」
違うけれど。
いじめっ子といじめられっ子の関係だとは言えなかったし、友達だと言っておいたほうがいいように思えた。
ここは一つお互いを知っている俺が紹介し合った方がいいのだろうか?気まずさからしどろもどろになりながらどうしようかと考えていると、彼は急に松葉杖を引きずる様に走って逃げていってしまった。
「…あ、」
どうしたんだろう、急に。何が言いたかったんだろう。
「行っちゃったね」
何であんなに怪我しているのに、逃げるように走っていったのだろうか?
それに、一輝が一体なんだと言うんだ。あそこまで言われると凄く続きが気になる。
「最後まで話聞けなかったなぁ」
「………」
「一輝がどうのって話だったんだけど…、」
「………」
「…一輝?」
「ん?あ、悪い。考え事してた」
「考え事?」
「まぁ、それは後でいい」
「…そう?」
「だって何だとしても信二は俺を信じてくれるだろ?」
「へ?」
「そうだろ、信二?」
「え、あ、うん。一輝は俺にとっての一番だから」
「…そうか」
「なぁ、なぁ?一輝は?一輝からしたら俺は何番?」
「うるせ、ばーか」
「…ひ、ひどっ」
俺にとっての一番は。
言うまでもない。
分かるよな?
そうだ。
とりあえず。
思いを伝えるその前に。
粗大ゴミの処理をしよう。
END
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