▼ 11
いつもなら空の家へ向かうまでのこの時間は、楽しみを抱いていたはずだ。それは恋愛感情を抱いているというのを自覚する前にも言えることだ。
空と出会う前は、誰ともつるまず一人で居る時間が楽でいいと思っていた。しかし空と出会って仲良くなってからは、一人で居ることよりも空と共に過ごした方が断然楽しいものだと俺は気付いたのだ。
口下手な空が一生懸命俺に話題を振りながら話していたの昔が懐かしくて愛しく思える。
「……」
だがそれも今日で終わりだな。
俺はそう思って一人苦笑をした。
…別に悲しくなんてないはずだ。昔に戻るだけ。何も変わりはしない。
俺はそう自分に言い聞かせながら、空に貰った合鍵で玄関の扉を開けようとしたのだが、
「……鍵が、開いてる…?」
ったく、馬鹿空。
一人で居るときは危ねぇから、鍵を閉めとけって何度も言い聞かせただろうが。俺は空の無事を確かめるべく、ずかずかと遠慮なしに空の家に上がる。
「おい、空……、?」
閉まっている寝室の扉。その先で、二つ分の声が聞こえてきて俺は声を出すのを止めた。
一人は空の声。……もう一人は女?
『何言ってんの、あんた』
『…ご、めんなさい』
『謝ればいいってもんじゃないのよ』
女の声は何処か聞き覚えのある声だった。
もしかしなくてもこの声の主は、いつもの女か?空の声は少し聞こえ難いが、何とか聞き取る事が出来る。その一方女は酷く怒りを露にしているせいか、怒鳴るような声を出している。
…このまま立ち聞きしてもいいものか。
少しばかり悩んだが、空とこの女が親密な関係なのかを知りたくて、扉に背を預けて話を聞くことにした。
本当に俺は、つくづく最低な男だ。
『その言葉の意味がどういう事が分かってるわけ?』
『…その、俺…』
『私は止めないわよ』
『……っ、』
『だからあんたが途中で抜けるのも許さない』
『……』
“止める”?
一体何の話をしているんだ、二人は。
『で、も…俺!』
『…何よ?』
『もう、これ以上…したくない』
『…あんたが最初に言い出したんでしょ?』
もしかして二人が話題にしているのは、「三人でヤっている事」なのか?それなら話が合う。
空は、したくないのか…?
やっぱり空は途中から嫌になっていたのか。薄々それは感じていた。特に俺と女がヤっている姿を見ている時の空の目は何処か悲しそうな目をしていた。
俺はこれ以上この話の続きを聞きたくなくて、寝室の扉を開けようとした。
…だが、次の瞬間空の口から出た言葉に俺は文字通り固まってしまった。
『でも俺、…これ以上、陸が女の人としている所見たくない…』
『……』
『お、俺、…陸の事好きだから…っ』
「…っ、」
思わず息を呑んだ瞬間だった。
「好き」?空が?俺の事を?自分の心臓の音がやけに煩く聞こえる。
しかし煩く高鳴る心臓の音よりも大きな声で女は空に蔑みの言葉を投げ掛け出した。
『気持ち悪い…!』
『……っ』
『あんた、ホモなの…?!』
『…ホモとか、そういうのじゃなくて、俺は、ただ陸の事が好きなだけで…』
『道理で女の私に靡かないわけね』
『……、』
『分かったわ。あんたは抜けて。これからはあの人と私二人で愛し合うから』
『…っ、わか、りました』
『何で泣くわけ?意味が分からない』
中から女の罵声の声と共に、声が出るのを我慢しているような空の泣き声が聞こえてきた。
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