▼ 10
俺と空は全部同じ授業を選択している。これは偶然ではない。
講義も終わりいつものように空の家に寄ろうと思って「空、帰るぞ」と声を掛けたのだが、何故だか空は首を横に振る。
「…どうした?」
「陸、先に帰ってて」
「…あ?」
それは空から初めて言われた言葉だった。
幸い家が同じ方向にある事から、俺と空は毎日一緒に帰っている。俺も空も他の奴等とは全然仲良くないから、帰る相手も他には居ないし。まぁ、俺は空だけ居れば満足だが、空の奴は未だに俺以外の友達とやらが欲しいとは思っているようだが…。
だから俺からしたら空の口から出た言葉は、凄く残酷な言葉だった。
「……俺以外に仲が良い奴居るのか?」
「…え?」
「そういう事だろ」
「ち、違うよ」
「嘘吐くな」
俺とは一緒に帰れないという事は、誰かと用事があるということだ。
…一体いつの間に仲が良い奴が出来たのか。ずっと空を守るように側に居たというのに、全く検討が付かない。
「俺は、陸しか友達居ない…」
「…それなら何で一緒に帰れないんだ?」
もし買いたい物があるというなら俺も一緒に行く、と言うのだが、やはり空は首を横に振るだけで、一緒に帰れない理由を教えようとしない。
先程よりもきつい口調で再度理由を訊ねると、空は眉間に皺を寄せて、おずおずと言った様子で曖昧に言葉を放つ。
「今日は、ちょっと大事な用があるんだ」
「…大事な用って?」
「そ、れは…」
「俺には言えねぇ事かよ…」
「…………」
沈黙は肯定だと考えてもいいのだろう。
俺は深い溜息を吐く。
「空、お前…」
何か俺に隠し事しているだろ、そう聞こうとしたのだが、俺はその言葉を口には出来なかった。
「り、陸には関係ない事、だから」
「………っ」
何故なら先に空から厳しくも残酷な言葉を掛けられたから。
「………」
「…お、俺、先帰る…っ」
「……、」
的確な空の言葉。
空の言う通りだ。俺には全然関係ないのだ。ただ俺が空の事が好きで、嫉妬してむきになっているだけで、ただの友人である俺が干渉し過ぎていいことではない。
何も言えず立ち竦む俺から逃げるように空はこの場から立ち去った。
「……クソ」
空の居なくなった廊下で、俺の舌打ちだけが空しくも響き渡ったのだった…。
空の事が好きだ。愛している。
友人としてではなく、これが恋愛感情だと気付いたのはついこの前の事で。気付いてしまった切っ掛けは、人には言えないようなろくでもない理由。だが俺からしてみれば、胸が締め付けられるほど嬉しくなる行為。
だが自分の気持ちを伝えないまま、空にさせるのは良いことではない。それは分かっている。…分かっているが、空に嫌われるのが怖くてずっと言えなかった。
だから今日、この気持ちを空に伝えようと思う。
俺以外の奴と仲良くする空の姿を見たくないから。…全く最後まで自分勝手で我侭な男だ俺は。
だからこの思いを伝えて、空から離れようと思う。それが空にしてやれる最後の優しさだと思うから。
だってこの思いが実ることは絶対にないだろうから…。
そう思って俺は重い足取りで空の家へ向かった。
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