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「………」
…で、上手く言いくるめられた俺は現在空の家に居る。数日前に空の戯言を断れなかった自分を殴りてぇ。
女をどこから調達するつもりだと訪ねれば、“そういう店”の女に金を払うとのことだった。俺が適当な女を見繕ってやると言っても、それは嫌だと突っぱねてきやがった。しかも金は空が全部出すとのこと。もちろん俺も出すと言ったのが、…この馬鹿は聞きやしねぇ。
ったく、ヤるだけの女なら誰だっていいだろうが。わざわざ金まで払うことねぇのに。
「俺、…き、緊張してきたっ」
「…そうかよ」
「陸は緊張しないの?」
「別に」
…帰りてぇ。
だが此処で俺が帰れば、商売女にいいようにされ、泣く空の顔が安易に想像出来る。
一回だ。たかが一回付き合ってやれば空は満足するのだ。
溜息を吐いた所で、インターホンが鳴った。
「き、来た…っ」
「………」
「ど、どどどうしよう」
「…早く出て来い。」
「わ、かった…っ」
何でいきなり3Pがしたいなんて言い出したのか未だに理解出来ねぇ。今だってそんなに焦ってるじゃねぇか。そんなやつが女なんか相手出来るかよ。
…逆に女に食われちまいそうだ。
そして空とは別の足音が聞こえてきた。
空の後ろに居るのは、…ケバい女。
「あ、あの陸、…こちらさやかさん」
「こんにちは」
「……ふーん」
スタイルも容姿もいい方なのだろう。
だがそんなことどうでもいい。
「…ヤるなら、早くヤろうぜ。」
俺は早く帰りたい。
凄く気分が悪くなってきた。甘ったるい女の香水の匂い。空の家なのに、俺が好きな空の独特の甘い匂いが消えるほどの女の濃い匂いに嫌気が差してきて、俺は直球に口に出す。
「……ば、…で、デリカシーがないよ…っ」
「いいじゃない、早くしましょうよ」
「………」
照れる空。
それとは正反対に、満更でもなさそうな女。
やはり商売女といったところか。馴れ馴れしく俺の首に腕を回しながら、耳元で「…早く」と再び囁いてきた。
ああ、うぜえ。気安く俺に触るな。
苛々して眉間に皺を寄せていると、クイっと袖を引っ張られた。
引っ張ってきたのは女ではなく、空…。
「……り、陸」
「どうしたよ…?」
「あの、ちょっと、…こっち来て」
涙交じりに俺の袖を引っ張ってくる空。
…可愛いな、おい。
まるで小動物みてぇだ。
自分の首に回された女の腕を外して、俺は空に引っ張られるまま、女が居ない別の部屋に移動する。
「…陸、どうすればいい?」
「何が?」
「……やっぱり、緊張する…っ」
「…………」
「こ、わい…」
泣きそうな声で小さく本音を零す空。
ふうー、と俺は息を吐き、空の柔らかい髪の毛を撫で混ぜてやる。
「だから言っただろ」
「……り、く」
「誰に毒されたか知らねぇけど、こんな事お前には合わねぇよ。」
「で、でも…」
そうだ。
こいつは純真無垢のまま、俺の隣に居ればいいんだよ。あんな汚い女に汚されて堪るか。
あいつに汚されるくらいなら、いっそ…、
そんな考えに行き着こうとしていた所で、空は目元に溜まっていた涙を手の甲で乱暴に拭い、
「…やっぱり、俺…頑張ってみる」
「あ゛?」
「……折角女の人呼んで、ここまで来たんだから」
「……お前、ふざけんなよ」
「女の人待たせてるから、…俺、先に戻るね。」
「あ、てめっ、おい」
女が居る寝室へと戻ろうとする空の服を掴もうとしたのだが、…俺は服を掴めず宙を掴む結果となった。
「……クソ、」
怖いなら止めてしまえばいいんだ、こんなこと。
どうせ泣きを見るに決まっている。
そして空は俺に泣きついてくるのだろう。
空が居なくなった室内で、俺の舌打ちが響き渡った。
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