短編集 | ナノ

 11





凄く嫌で憂鬱だった水泳の補習授業。
だけどこの補習のお陰で東堂先輩と出会えた。それはとても嬉しい事で、先輩が俺の人生を良い方向に変えてくれた。だってこんな俺を愛してくれるんだ。それって凄く幸せな事だよな。


低く甘い声で俺の名前を呼びながら、いつも欠かさず優しくキスしてくれる。それは時には濃厚で激しく。
そして最後には耳元でこう言ってくれるんだ。
「もも、愛してる」って。


「……ッ、」


思い出しただけでも顔が熱くなるほど恥ずかしい。そして嬉しくて胸がギュッと締め付けられて苦しい。

だけど最低な事に俺は先輩に何もしてあげられていない。それどころかまずは肝心の俺の気持ちさえもはっきりと告げた事もないような気がする。
東堂先輩の事凄く好きなのに、愛しているのに、言葉にするのは恥ずかしくていつも「俺もです」と曖昧な事を返すだけ。


このままでは、いけない。


そう俺は思った。
もうすぐ水泳の補習も終わってしまう。補習が終わったからといって先輩との関係がなくなってしまうわけではないけれど、今の内にきちんと言っておきたい。


先輩の事が大好きだと。





「せ、先輩!」

「どうした?」

「あ、あの、お話があります」

「…ん?」


そして俺は早速、放課後の補習時間中に勇気を出して言葉にしようとしていた。
今日一日ずっと考えていた。どうやって言葉に表現しようかって。色々クサイ台詞だって考えたよ。噛んでしまいそうになるくらい長ったらしい台詞だって考えたよ。だけどどれもしっくり出来なかった。


だから色々考えた結果、もうストレートに言葉にする事にしてみた。だってこれが一番分かり易いと思ったから。


「あ、あの!」


手を強く握り拳を作る。手には変な汗を掻いていて、どれほど自分が緊張しているのかを改めて実感しながら、俺はギュッと目を瞑りながら声を出した。


「俺、東堂先輩の事、大好きです!」


…い、言えたッ。
噛まずにちゃんと言えた。妙な達成感に背筋が震える。

目を瞑っているため先輩の表情を伺えないが、先輩の今の表情を見る勇気がないため、目は瞑って正解だった。


「…愛、してます…っ」

「………」

「好きです。だ、…大好きなんです…ッ」


しかし一向に先輩からの返事は返って来ない。
先程の達成感は何処へやら。今は不安で一杯だ。

…もしかして呆れてる?
それとも気持ち悪がられてる?


じわりと目元に涙が溜まる。


余計に先輩の表情を見る勇気がなくなった。


だけどここで引けない。
引きたくない。


「す、好きです」


俺は馬鹿の一つ覚えのように震える声で何度も「好きです」と繰り返す。だけども一向に返事は返って来ない。…こうなれば授業中考えたクサイ台詞だって言ってしまおうか。



「先輩の、優しい目も、好きです。その口も、……ッ?!」


しかし台詞の途中に口元を大きな手で覆われ、全てを言えなくなってしまった。


「…ん、…んっ?!」

「…もう、喋るな」

「先輩、」

「勘弁してくれ」

「……ッ、」


やっと先輩の声が聞けたと思えば「勘弁してくれ」との事。拒絶されてしまった事に本格的に泣いてしまいそうになるのを我慢して、鼻を啜りながらごめんなさいと謝れば、先輩が息を吐いたのが分かった。

俺は不思議に思って、勇気を出して先輩の顔を覗き見る。


「……先輩?」

「っ…見るな」


そこには今まで見た事もない先輩が居た。


「顔、…真っ赤」


頬だけではない。髪の隙間から見える耳さえ真っ赤になっている。


「ももの所為だ…」

「……え?」

「クソ、…柄にもねぇ」

「…先輩」

「俺の心臓壊す気かよ」

「…わっ、」


くしゃっと乱暴に髪の毛を掻き混ぜられる。いきなりの事にびっくりしたけれど、俺は先輩のその行動に瞬時に照れ隠しだと気付いた。


「先輩のそういう可愛い所も含めて、大好きです」


つられて自分の顔も熱くなるのを感じながら、再度好きだと伝えれば、先輩の頬が先程よりも赤くなった。


「本当に、勘弁しろ…っ」


大きな手のひらで自分の顔を隠しながら、そう言った先輩から押し倒されるまであと40秒。



END


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