不安、だったのだと思う。
仁湖が俺の側に居なくなるのが。
俺はこんなにも仁湖に依存しているというのに。愛しているというのに。違う大学に行って仁湖が隣に居ないというのが嫌だった。
俺の知らない所で仁湖は俺の知らない奴の隣に腰を掛け、授業を受けて。俺の知らない奴と仲良く話し、俺の知らない奴と仲良く帰る。そんな事を想像すればするほど嫌だった。
俺は誰とも分からない仁湖の隣に居る未来の相手に嫉妬していた。
だって仁湖の隣はいつだって俺の特等席なのだから。
俺以外の奴が居るのだと思うと腹が立つ。
それに。
「仁湖が俺でなく女と付き合いたいのだと思って不安だった」
「…え?!何で?!」
「保育科。…子供が好きなんだろ?」
「う、うん」
「俺と付き合っていても、子供は出来ない」
俺は子供はあまり好きではない。
仁湖と俺との間に産まれた子供ならば愛する事は出来ると思うのだが。
…いや、やはり無理だな。
俺以外にも愛情を注ぐ仁湖など見てられない。それが例え実の子供だとしてもだ。憎くて殺しちまいそうだ。
「男同士だから。どんなに俺が仁湖を愛していても子を授かる事は出来ない」
「そ、そんなの分かってるよ」
「だから仁湖が保育科に行きたいと分かったとき、不安だった」
いつ別れを切り出されるか。
「た、たかせ!」
「……」
「お願い。ちゃんと聞いて。」
「…ああ」
「俺は子供が大好きだよ。だから保育科に進みたい」
「…俺と別れたいか?」
別れたいと言われても離す気などないけど。
「だから最後まで話聞いてよ!」
「……」
「俺は子供が好きだけど、それ以上に“高瀬葵”という人物が大好きなんだよ!」
「仁、湖?」
「高瀬を愛してる。だから一人で勝手に先走るなよな!皆まで言わせんな!恥ずかしいだろ…っ」
まるで胸倉を掴まれそうな勢いでの仁湖の言葉に、俺は柄にもなく照れてしまった。そして赤く染まっている仁湖の頬に手を添え、俺も今の気持ちを伝えた。
「…俺もだ」
「……え?」
「仁湖の事、愛してる」
ああ。
やっぱり。
俺には仁湖しか居ない。
改めてそう実感した。
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