委員会の集まりがあるという仁湖の帰りを待っていたある日。便所の帰りに偶然見掛けた仁湖の後ろ姿。
すぐに声を掛けて近付こうとしたのだが、それより先に仁湖はある教室の中に入って行った。ここは仁湖の所属している委員会の教室ではないはず。不思議に思ってプレートを見てみれば、「生徒指導室」と書かれていた。
「……」
俺と違って真面目な仁湖が何か問題を起こしたとは思えない。それなら何故仁湖がこのような教室に入ったのだろうか。しかも俺に黙って。
…もしかして悪質な教師にでも脅されているのだろうか。
考えても考えても嫌な事しか思いつかない。このまま強引に教室に入って仁湖を連れ出すことは安易な事だが、俺は真実を知りたい。
仁湖が危険な目に遭っていると分かればすぐにでも教室の中に入って仁湖を連れ出そう。だがその前に、俺は扉に寄り掛かり、中に居る仁湖と教師の会話を聞きだそうと耳を澄ました。
放課後だという事で周りは静かだ。
そのお陰で苦労する事なく中の会話が聞こえてくる。
『中村は保育科を希望しているんだよな?』
『はい』
『それなら今の成績でも十分だろう』
『本当ですか?』
『ああ。だがだからといって勉学に力を抜くなよ』
『は、はい。もちろんです。』
…保育科?
進路の話か?
仁湖が危険な目に遭っているのではないと分かって安心した。
だがそれ以上に。
「………」
胸の奥がチリっと痛んだ。
これは嫉妬しているのだと自分でも分かる。
何故仁湖は俺より先に教師に進路の話をしたのだろうか。仁湖のどんな事でも俺は誰より先に知りたかった。知る権利だって俺には十分あるはずだ。
それなのに何故…。
****
そして次の日に仁湖から訊かれた。
「高瀬はさ、いい大学に進むつもりなんだろ?」
「…違う」
「え?違うの?」
「ああ」
仁湖は俺と同じ所に行くのがそんなに嫌なのか?
俺は仁湖と一秒だって離れたくないというのに。
もうこれ以上進路の話をしたくなくて俺は仁湖を無視するように冷たい態度を取った。自分でも子供のような事をしていると分かっている。だけど苛立って仕方がない。
だが。
仁湖と手を繋いだ瞬間それまでの怒りや不安は飛んでいった。何故あんなにも苛立っていたのか自分でも分からなくなるほど。
仁湖の手はいつも通り温かく、柔らかかった。
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