「高瀬ー、上がったよ。次、どうぞー。」
個室に設置してある露天風呂を売りにしているこの旅館。思っていた以上に最高だった。眺めもいいし、少し熱いお湯がまた気持ちよかった。
このお風呂にあと何回も入れるかと思うと、凄く嬉しく思える。
鼻歌交じりに寝室へと戻ると、ベッドの上で長い脚を組んでこちらをジロリと睨んでくる高瀬と目が合った。
「…な、何?」
この様子から伺えるのは、高瀬は機嫌があまり宜しくないのだろうということだ。そこで俺はまだ喧嘩(?)していた途中だということを思い出した。
俺は露天風呂に入って高瀬と言い争いをしていたことも忘れるくらい機嫌が良くなっていたものの、高瀬は俺が風呂に入っていた1時間、テレビも点けず一人で居たのだ。恐らく凄く退屈で、嫌な気持ちだったのだろう…。
そう考えると、高瀬には凄く申し訳ないことをしてしまったと反省する。
「高瀬、…怒ってる?」
「……怒ってねぇ」
「………、」
目が超怖いんだけどね。
それでも怒ってないと言い張るのだろうか。
高瀬には本当に悪いことをしたと思うのだが、…どうしたものか。顔がニヤけてしまいそうだ。
だって、だって…何かこれって普通の恋人同士みたいじゃないか。キスして、抱き合って、だけど喧嘩もして、お互いの意見を言い合ったり、…うん、俺の理想の姿だ。
「……何、笑ってるんだよ?」
「え?……あぁ、…ごめん、ごめん。」
「…………」
やはり自分が気付かない内に、頬が緩んでしまっていたようだ。高瀬はムスっとしたまま、場にそぐわない俺の表情を指摘してきた。
「高瀬ー、機嫌直してくれよー。」
「………」
「……な?」
ベッドの上に上がって、背後から高瀬に抱き付く。高瀬の広い背中に顔を埋めて、息を吸う。すると高瀬の匂いが鼻を通る。
「……高瀬、ごめん」
「…………」
「まだ、怒ってる?」
「………ずるい」
「……へ?」
「仁湖は、…ずるい。」
高瀬の意味深な台詞に、高瀬の背中に埋めていた顔を上げると、赤くなった高瀬の耳が見えた。
何、どうしたんだろう。もしかしなくても、頬も赤いのだろうかと思い、高瀬の顔を覗き込もうとしたら止められた。
「……今、…こっち見んな。」
「…高瀬?」
「そんな風に抱きつかれて、喜ばない男が居るとでも…?」
「えっと、…その、…ご、ごめん?」
とりあえず謝ってみた。抱きついているのが駄目だと思い、離れようとすれば今度は、「離れるな」と言われた。
「機嫌、直った…?」
「………最初から悪くもなかったよ。」
「でも、怒ってただろ?」
「怒ってたフリをしてただけ」
「フリ?え、…何で?」
訊ねると高瀬は教えてくれた。
このまま怒ったフリをしていれば、優しい仁湖のことだから、今日一緒に風呂に入ってくれるだろうと思ったことを。だけど予想以上に、可愛い行動(抱きついてきたことらしい)をした俺に怒るフリを続ける余裕がなくなったことを。
…そこまで俺と一緒にお風呂入りたかったのかな?
というか色々考え込んでるな。
この策士め。
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