頬に何か冷たい物が落ちてきて、俺は目を覚ました。確か車酔いをしたため寝始めたはず。
心地良い揺れに思わず熟睡していたようだ。熟睡していた所為で滲む視界。目元を手の甲で拭い辺りを見回す。
「…た、かせ?」
「仁湖、…起きたのか?」
そして視界に入ってきた光景に驚いた。
“心地良い揺れ”というのはバスの揺れだと思っていた。だが実際には違ったわけで…。
簡単に説明をすると、今俺は高瀬におんぶしてもらっていたのだ。
「え…?あ、あれ?何で…?」
「まだ寝てていい。」
「いや、…あの」
状況が未だによく分からない。
俺は確かにバスに乗っていたはずだ。だが今はバスではなく高瀬の上に乗っている…。
もしかして寝ていた俺を起こさずに、高瀬が運んでくれている途中なのだろうか?
「ご、ごめん。重たいよな?すぐ降りるから…、」
「…降りるなよ。」
「……で、でも」
「このままがいい。」
「…………」
「嫌か…?」
「…え、いや、…その、高瀬がいいなら…」
「そうか。なら、このまま負ぶわせてくれ。」
辺りには俺達以外人一人居ない。見えるのは地面に積もった雪と、少し遠くの所にある旅館。
…きっと俺は頬に落ちてきた雪に目が覚めたのだろう。
近くに誰も居ないということが分かっても、おんぶをしてもらっている所を誰かに見られるのが少し恥ずかしく思えて、俺は高瀬の広く逞しい背中に顔を埋めた。
「…………」
「…………」
高瀬が足を進める度に、サクサクっと雪の音がする。辺りが静かなため凄く耳に残る。…そういえば、少し寒いな。
でも高瀬の背中、温かい。
「…温かいな。」
「……え?」
思っていたことを高瀬が同じように声に出したことに、俺は驚き声を上げる。
「仁湖の身体、すげぇ温かい。」
「…高瀬」
「何だろうな、この気持ちは…」
「……?」
「言葉に表し難いが、…凄く幸せだということは分かる。」
高瀬の表情はこちらからは伺えない。
どんな表情をしているかな?俺と同じような表情しているのかな?
…そうだったらいいなと思いながら、俺はこの穏やかな瞬間をより深く味わうため、高瀬の背に顔を埋めて聞こえてくる雪を踏む音と、時々聞こえてくるどちらか分からない心音に耳を傾けた。
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