今日は待ちに待った修学旅行当日だ。
昨日だけでなく、二日前から馬鹿みたいに荷物のチェックを何度も何度もした。忘れ物はない。遅刻もしていない。天気も晴れ。
少し肌寒いけれど、そんな事すら気にならないほど俺は興奮していた。
俺は長々と続く校長からの挨拶と注意事項に焦れ、我慢出来ずにこの興奮を高瀬に伝えるべく、少し前の所に居る高瀬にメールを送った。
『凄い楽しみだよな!』
本当はこの興奮は一行では収まらない。普段は使わない顔文字をふんだんに使い、何行も使って表したいくらいだ。だけど子供のようにはしゃぐ姿を見られるのが、少し恥ずかしく思えて控えめに送った。
そうすればポケットに入れていた携帯の振動に気が付いたのか、高瀬はポケットから携帯を取り出す。
高瀬からは何て返事が来るのだろうか?
それすらも楽しみだ。
しかし予想に反して、いつまで経っても高瀬はメールの返信をくれない。いつもならば、すぐにでも返事が来るというのに不思議だ。何故だか携帯画面をジっと見つめたまま固まっている。
…でもまぁ、確かに非常識だったかもしれない。
一生懸命校長先生が話をしているのに、携帯なんか扱ってたら駄目だよな。もしかして高瀬はそれで怒ってしまったのかもしれない。そう考えてしまい、少し不安に陥る。
高瀬から幻滅されてしまったかと思い、俺はこの真冬に嫌な汗を掻きながら、話が終わったらすぐに高瀬に謝ろうと思った。
そしてそれから五分後くらいに話が終わり、各クラスバスで移動するように指示された。俺はすぐさま高瀬に謝ろうと声を掛けようとした瞬間、…何故だか高瀬からギュッと抱き締められた。
「た、高瀬…?」
高瀬のいきなりの行動に俺は焦る。それは俺だけでなく、俺達の異様な光景を見ている生徒達や教師までざわついている。
「見られてる、…よ?」
「……仁湖、お前…」
「………?」
「可愛過ぎ……っ」
「え…?」
熱っぽい高瀬の声。耳元で囁かれるように言われ、くすぐったくて俺は身を捩じらせた。
「俺も、仁湖との旅行すげぇ楽しみ。」
「……高瀬も?」
「ああ。」
「…それは、良かった。」
どうやら旅行が楽しみだと思っているのは、俺だけでなく高瀬も同じだったようだ。俺はそれに安心して、安堵の溜息を吐く。
すると高瀬は俺の背中に回した腕を離し、俺の頭を優しくポンポンとしてくれた後、さり気なく俺の重い荷物を軽々と持ってくれた。
「え、…あ、ちょ、高瀬…、」
「バス、……乗るぞ。」
「重いだろ、…俺、自分で持つから」
「いいから。」
「で、でも…」
「荷物なんかより、俺の腕掴んでろ。」
「……な…っ、」
紳士的な対応と甘い台詞。
二人分の荷物を軽々と持ってバスに向かって歩き出す高瀬の背中を見ながら、俺は恥ずかしくて一人呟いた。
「……ば、か…」
こんな所で堂々と腕なんて組めるわけがない。
だけど、どうしようもなく高瀬と触れ合っていたくて、俺は高瀬の制服の端を掴みながら高瀬の後ろを歩いたのだった。
それと同時に何事もなかったかのように、固まっていた周囲の人達もそれぞれのバスに向かって歩き出した。
旅行、
楽しみだ!
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