「じゃ、じゃぁ、…呼ぶよ?」
「…あぁ。」
俺は深く深呼吸をする。
妙に頬が火照って熱い。
…何で名前を呼ぶだけで、こんなに恥ずかしがっているのか、って思われてしまいそうだけど、俺にとっては恥ずかしくて仕様がない。
その証拠にこんなにも激しく心臓が動いている。
向かい合うように高瀬の膝の上に乗っているため、きっと高瀬には聞かれてしまっているのだろう。
…そう思うと、余計に恥ずかしくなってくる。
俺は数回深呼吸をした後、口の中に溜っていた唾をゴクリと飲み込んだ。
“葵”。
一度、たった一度でも、面と向かって呼んであげればきっと高瀬も喜んでくれるはずだ。
俺は口を開く……。
「…あ、…お…、あお…っ」
「…仁湖…?」
「あお、…あ、…お…っ」
しかし何故だろう…。
「あおい」の「あお」までは言えるのだが、最後の一文字の「い」がどうしても言えない…っ。
「………っ、」
仕舞いには声すら出なくなって、ただ金魚のように口をパクパクと開閉することしか出来なくなった。
「…………、」
ど、どうしよう。
このままでは、高瀬に嫌われてしまう。
別に名前で呼ぶのが嫌なわけではないのに…っ。
パニック状態に陥っていたら、急にチュッと俺の唇に高瀬の唇が重なった…。
「………ぁ、…」
「ほら、呼んでみな。」
不意打ちのキス…。
俺の視界に映るのは、いつもの優しい笑みを浮かべた高瀬。
「……あ、おい…、葵……。」
キスのお陰か、高瀬の柔らかい笑みのお陰か分からない…。
だけど俺はすんなりと高瀬の名前を呼ぶことが出来た。
「葵」と呼んでみると、何だか改めて俺達は恋人同士だと実感出来た。
「…葵、…あおい…っ」
俺は言葉に表せられない、キュゥ…っと締め付けられる胸の苦しみを味わいながら、何度も高瀬の名前を呼ぶ。
「高瀬、…葵。…あおい…、」
俺は馬鹿の一つ覚えのように、何度も何度も高瀬の名前を呼ぶ。俺にとっても高瀬の顔を見て、名前を呼べたことが嬉しいのだと思った。
…もう一度名前を呼ぼうと口を開けた瞬間、高瀬の大きな手の平で口を塞がれてしまった。
「……っ、分かったから、…ちょっとだけ口閉じてろ…、」
そう言う高瀬の頬は少し赤く、何だか鼻を押さえていた。
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