俺が高瀬を連れ出した場所は、誰の邪魔も入らないであろう、音楽室。
空き教室は弁当食っている人が居るだろうし、トイレは不特定多数の人が入ってくるだろうし、ましてや屋上なんて不良の溜まり場だ。
なので最上階の一番奥にある音楽室は一番最適なのだ。だれも好き好んで近づこうとしないからな。
「…えっと、本当にごめん高瀬…」
「何で仁湖が謝るんだ…?」
「だって、今日はずっと高瀬のこと無視しちゃったし、…それに約束破っちゃたし…。」
高瀬は男同士のやり方を、俺に教えるのを戸惑っていた。それなのに俺が強引に訊いたんだ。
「嫌悪感を持たない」、「高瀬から逃げない」って約束したのに。俺はいとも簡単に、高瀬との約束を破ってしまった。
本当に最低な奴だ、俺は…。
「…最初から仁湖に怒ってなんかいねぇよ。だから仁湖が謝るな。」
「嘘だ…、怒ってただろ?」
「……?」
「だってほら、…隣の人の椅子蹴って、舌打ちしてたし…。」
「…あれは自分に腹が立っていたんだ。」
「自分に?」
俺にむかついてあんなことしたんじゃなかったのかよ?久しぶりに高瀬の舌打ちと、椅子を蹴る姿を見て、ちょっと怖かった。
「…欲に負けちまったから…、」
「え?」
「仁湖にもっと触れたいからって、先走り過ぎた自分が腹立たしいんだよ…。」
「……なっ…?!」
「…訊いて後悔しただろ?」
不安そうに訊ねてくる高瀬に、俺は首を横に振った。
「後悔は、してないよ。」
「………本当か?」
「うん。…は、恥ずかしくて、高瀬から逃げてしまったけど、訊いて後悔はしてないと思う。」
確かに高瀬の口から真実を告げられて困惑はしたけれども、後悔はしていない。
ただ恥ずかしくて高瀬から逃げたり、避けたりをしていたけれど、嫌ではなかった。
「…高瀬はさ、」
「……ん?」
「俺に優しすぎだと、思う、…よ?」
高瀬は俺に気を使い過ぎだし、優し過ぎるんだ。
だから抱え込まなくていいことを、一人でたくさん抱え込んでいる。
「俺は、まだまだ足りねぇくらいだ。」
「十分過ぎるよ。」
相変わらず優しい表情を浮かべながら俺を見つめてくれる高瀬に、俺は何だか恥ずかしくなってきて、顔が熱くなってきたのが自分でも分かる。
「…でも仁湖、」
「そ、れにさ…、
…たまには、俺のこと叱ってくれたっていいんだよ…?」
高瀬の言葉を最後まで聞く前に、俺は思っていることを素直に話した。恥ずかしくて最後は早口になってしまったけれど、高瀬にはちゃんと伝わったはずだ。
…この際だ。言いたいことや伝えたいことは、今の内に言っておくのがいいだろう。
俺はもう高瀬に伝えたかったことは全て告げたはずだ。
「高瀬は俺に何か伝えたいことある、……って、ちょ…っ?!」
黙り込んだまま俯いている高瀬の顔を覗き込んでみると、
……そこには、
「は、…鼻血、…鼻血出てるって…!」
鼻血を流しながら、顔を真っ赤に染め上げている高瀬が居た。
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