天槍のユニカ



家族の事情(5)

 ユニカはさりげなくレオノーレと公爵の間に割って入り、何も知らずに寝返りを打つ公女の姿を隠してやった。その間に毛布を抱えたディディエンがやって来て、レオノーレにそれをかけてくれる。
 エルツェ公爵は「おや?」と目を丸くして、直後には珍しい芸を見たとでもいうように嫌味な笑いを口許に浮かべた。
「だいぶ、気を利かせられるようになったようだね?」
「公女さまは眠ってしまわれました。明日になったら出て行くと仰っているし、少し待って差し上げてはいかがですか。王太子殿下はそれで構わないようでしたが」
 ユニカは公爵の言葉を無視して彼を睨めつける。いつものことだが、彼がユニカの威嚇に怯む様子はない。ふんだんに灯された蝋燭の火を瞳の中に揺らめかせ、彼はいっそうにやにやする。
「そうは言っても、このまま陛下と公女殿下が喧嘩したままの状態が長引くとね、色々あるのさ。公国使節は単に新年を祝いに来たんじゃない。今年のシヴィロとウゼロの、軍事、経済、諸々の連携について、協議するための素地を作りに来たんだ。ところが上の二人がいがみ合っていたらどうなる。同盟が破綻してしまうよ。だから早く仲直りして頂かないと」
 ユニカは眉を顰めてレオノーレを振り返った。「暑い……」と寝ぼけながら呻いて、せっかくディディエンがかけてくれた毛布をはねのけるこの姫君に、そんなに重い役目が? ちょっと信じられない。
「というのは大袈裟だけど。王太子殿下お一人じゃ、国の代表二人がそっぽを向き合う状況に収拾をつけられないのだよ。ま、それは文人官僚たちと仲良くしてこなかったあの方が悪いわけだが……。とにかく、お二人には早めに矛を収めて頂かないとね」
 似たような言葉を、いつかも聞いた気がした。
 ディルクには王家と大公家の間を取り持つことが出来ない――あれはいつの話だったか。
 そうだ。エイルリヒが毒を飲んで倒れ、彼を救うためにユニカの血を求めてディルクが西の宮へやって来た、あのときだ。
「公女さまが陛下に謝罪なされば、事態は落ち着くのですか?」
「表面上はね。うーん、そう、本当に表面上」
 公爵はそう言って唸り、すすめてもいないのに勝手にテーブルに着いた。レオノーレは寝ていて話など出来ないというのに、居座るつもりなのだろうか。
 それとも、何か言いたげなユニカの様子に気がついたのか。
 彼は隣にエリュゼを座らせ、更にはディディエンに葡萄酒を持ってくるようにと命じた。しかしディディエンは動かない。ユニカの顔を窺ってくる。
 彼女はフラレイやリータと違い、どんなに身分の高い者に命令されてもすぐには従わなかった。己が世話をすべきはユニカで、ユニカのための命令ではない限り、ディディエンはほかの誰の命令も聞かない。
「お出しして」
 ユニカは少し迷いつつも、エリュゼにそっくりな侍女に頷き返す。彼女はあっさりと明るい返事をして、新しい杯を取りに行った。

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