天槍のユニカ



家族の事情(4)

『わたくしが陛下の妹君の胎(はら)から生まれた娘ではないから、あんな屈辱的な喩えをされなければいけませんの?』
 レオノーレが噛んだ苦虫はそれだろうか。昨日の、ディルクもエイルリヒも偽物だという発言と何か関係があるのだろうか。
 疑問には思ったが、訊けなかった。
 ユニカにだって踏み込まれたくない場所がある。逆に他人の心にどれくらい触れていいのかも分からない。
 訊かなくてもいいことなら、わざわざ荊を絡ませて閉ざした門扉に触れることもあるまい。
 運ばれてきたお茶を啜る横顔は笑っていたが、レオノーレの気が立っていることは傍目にも分かったので、ユニカは結局何も訊ねられなかった。

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 しかし公国の代表がおおやけの場で働いた国王への不敬が、そのまま放置されるはずがなかった。
 日が暮れ、早めの夕食をユニカの部屋で終えた二人のもとへエルツェ公爵が訪ねてきた。久しぶりに顔を見るエリュゼも一緒だ。
「お二人の喧嘩の仲裁には、公職に就いていない私が入るのが一番角が立たないだろうと思ってね。しかし……」
 公爵が見つけたのは、ユニカから借りた部屋着用の楽なドレスに着替え、空の杯を片手にカウチで寝そべるレオノーレだった。
 気が立っている、むしゃくしゃしている、そういう理由でも説明出来ないくらいに、レオノーレは食事とともにたくさん葡萄酒を飲んだ。ユニカが見たこともないくらいにたくさん、とにかくたくさん。「お酒には強いから平気よ」、とはいっても限度があった。
 案の定泥酔したレオノーレは最後の一杯を持ってテーブルを離れ、ユニカお気に入りのカウチを占拠して、現在に至る。
 彼女はクッションに上半身を預け、仰向けになって寝ていた。杯の脚はしっかり握っていたが、その腕はカウチからだらりと垂れ下がっている。暑いらしく、自分でドレスの胸元のリボンを緩め肩が剥き出しになるほど襟を引き下げてもいた。
 同性のユニカにも見るに堪えないありさまだ。
「見たくなかったなぁ、女だてらに数々の軍功を持つ騎士姫の実態」
 公爵の視線の先で無防備に投げ出された脚がもぞもぞと動き、引き締まったレオノーレの足首がゆったりしたドレスの裾から覗く。
 亡き王妃に買って貰ったカウチをとられてむっとしていたユニカだったが、エルツェ公爵がなんの遠慮もなく、大公家の姫君のあられもない姿を眺めていることにはもっと腹が立った。
 この男は西の宮へ入ってくるのもいつも突然だ。いくら王の許しがあるとはいえ、何につけても遠慮がなさ過ぎるのだ。
「昼間の件でいらしたのですか」

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