天槍のユニカ



秘密の蓋(7)

「貴族、と言ってもな……」
「時期が悪いことは否めないわね」
 公国からレオノーレが新年の祝いに訪れているように、今、王城、そしてアマリアの城壁内外には、周辺国の使節団を構成する外国貴族が溢れている。普段なら王都に滞在する貴族名簿から怪しい者を捜すことは出来ただろうが、こうも貴族人口が増えている今は無理だ。彼らに付随してくる上流階級出身の使用人や騎士、兵士たちも貴族のくくりに入れてしまえば、更に調査対象が膨れ上がる。
 ユニカを連れ去ろうとしたのが彼女の顔を知る者――と絞り込むことも出来ない。なぜなら、彼女は元日の式典で人々に強烈な印象を残す登場の仕方をしたし、その後もたびたび公の場に現れていたからだ。
 そして雪解けが始まるこの季節、新年の参賀に合わせて都へ上り、仕事を探したりグレディ大教会堂へ参詣したりする庶民もいるので、アマリア市内の人口は爆発的に増えていた。その流動も激しく、通行を規制するのは難しいのだ。もし対象が追われていることに気づいたときは、市井の人々の動きに紛れて逃走してしまうだろう。
「犯人を捜せなかったとしてもよ、ユニカの警護体制を早く安定させてあげないと」
「そうだな」
「――あんまり慌てないのね? 誰がユニカを狙っているかの心当たりでも?」
 騎士として、指揮官の一人として、数年間ディルクとともに国境の戦線を守ってきたレオノーレはふと違和感を感じた。戦において敵の姿が見えないことは死活問題だ。故に索敵にこそ力を入れる。その段取りが刷り込まれたディルクが、相槌を打つだけだとは。
 しかしそれは勘繰りすぎだったのか、ディルクは大きな溜息を吐いてすり寄るレオノーレを睨みつける。
「言っておくが、近衛騎士から信頼出来そうな者を選んでユニカを守らせているし、さっきヴィルヘルムから借りるお前の騎士も選んだ。城の外に勝手に連れ出されなければ、彼女の安全は俺の目の届くところにあるんだ」
「え? もう選んじゃったの? ヴィルと一緒にクリスが来たでしょう。ちゃんとその中に入れてあげた?」
「やっぱり連れてきたのはお前か。入れるわけがない。公国に帰ってもらう」
 先ほど振り切ってきた青年騎士の顔を思い出し、ディルクは苦々しく唸る。
「どうしてよ。クリスほど信頼出来る騎士がルウェルのほかにいる?」
「……」
「クリスはディルクの傍にいたがってる。ディルクは違うの?」
「そういう問題じゃないだろう。クリスは大公の――」
「それも大事な問題よ。クリスだってルウェルと同じ、ディルクにとっては兄弟みたいなものじゃない。どうしてルウェルだけ連れて行くのよ。クリスが侯爵位を継いだから? そんなもの、ディルクが来いと言えば弟に譲り渡して身一つでついて来るでしょうし、爵位ごとついて来てくれれば、ディルクにとっては尚更都合がいいじゃない」
 先ほどの青年騎士クリスティアンの父は、生まれたばかりのディルクを引き取り養育した人物だ。つまり、ディルクにとってクリスティアンは乳兄弟と言える。確かに彼を手元に置ければ心強い。クリスティアンはいち剣士としても特別に優秀だし、見た目にもがさつなルウェルと違って礼儀正しく、細やかな気遣いが出来るから、他人に対して警戒心の強いユニカを守らせるには最適な人材だ。

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