天槍のユニカ



秘密の蓋(6)

 その規則違反が発覚する前にディルクにすり寄って、許して貰おうという魂胆なのかと思った。
「しっ。いいから聞いて」
 しかしディルクの声を遮るレオノーレの目つきは剣呑なままで、何かを誤魔化そうとしている風には見えない。
「城を出てどこに行ってたんだ。だいたいどうやって出た。警備の兵は何故お前を通すんだ」
「『王太子殿下の許可を頂いている』って嘘をついたわ。誰も確認を取ろうなんてしなかったわよ。街へはちょっとお芝居を観に」
「潔ければ何でも許されると思うなよ……」
「分かってるわよ、叱りたいなら叱ればいいでしょ。ただし、あとでね」
 とても、罰を受けるべき人間の態度ではない。大胆不敵と言えばいいのか、ディルクが叱るはずはないと高をくくっているのか。こうも大きな態度に出られると怒る気力が失せる。
 ディルクの心が萎えたことを見計らって、レオノーレは等間隔で廊下に直立している近衛兵との距離を気にしながら話を続けた。
「行ったのはデーニケ歌劇場よ。アマリアの中心街の外れにある一番小さな劇場。夜間はちょっと決まり事に触れちゃうような芝居を見せているの、知っているわよね?」
「内容もそう≠セが、夜間に人を集めること自体が違法だ」
 ディルクの反応は淡々としていた。レオノーレは「内容を知っているの?」と問おうとして、やめる。どうせあとでアマリア市長に摘発させるのだ。もうあの演目に人は集まるまい。ディルクが芝居の中身を知っているか知らないかなど関係のないことだ。
 気を取り直して、レオノーレは続ける。
「劇中音楽のひどさも犯罪並だったわ。まあ気に入らないながらもお芝居は最後まで観たの。ついでに役者たちの顔も拝んでこようと思って、あたしとクレマー伯爵夫人は楽屋へ行ったわけ」
「クレマー伯爵夫人? 夫人も一緒に外出したのか」
「あらいけない。今のは聞かなかったことにしてよ。それでね……」
 近衛兵の前を通り過ぎる数歩の間、レオノーレは口を噤んで背筋を伸ばす。つんと澄ました公女の顔で兵士の視界を抜けると、まるで恋人にしなだれかかるようにディルクの方へと首を傾げた。いっそう顰めた声がディルクにのみ聞こえるように、だ。
「ユニカは楽屋に興味がないって言うから、先にホールへ行かせて待たせていたのよ。しばらく彼女が一人になる時間があったの。その間に、ユニカを連れ去ろうとした男がいたわ」
 左肩のあたりから聞こえてくる妹の声は、低く、冷静で、端的にそう述べた。廊下の先を見据えて歩いていたディルクは、傍目には分からないくらいに目を細める。
「相手は」
「追い払ったわ。無勢だったから追うのは諦めた。でも手に結構な傷をつけてやったから捜せるかも知れない。若い男よ、貴族の――もっとも、劇場の衣装から貴族役のものを選んで着ていただけ、とも考えられるけど。ああでも、香水。なかなか品のいい香りがしたわね。安っぽい香りじゃなかったから、やっぱり貴族かしら」

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