天槍のユニカ



閉じる嘘の空(8)

 それがどんな事柄を、どんな状態を指すのかはまったく分からなかったが、条件の先にある王の言葉はひどく甘い響きを持っている。
「余が玉座を降りた後だ。新たな王が立ち、余が役目を終えた後ならよい。だが今は――」
 死ぬわけにはいかない。
 果たして彼がどんな病に冒されていたのかは分からない。けれど死の淵に足を掛けていたのは確かだ。

 王が治世を全うするための血を与える代わりに、ユニカは将来の彼の死を買った。



**********

「棄てている?」
 ユニカは眉根を寄せ、ディルクに訊き返した。
 そんなはずは無い。彼はユニカの血を必要としていた。少なくともあの日は。
 それ以降、彼の病が癒えたのかどうかは確かめていなかった。けれどあの後もずっと、王はユニカの血を求め続けた。病が癒えていないのか、或いは癒えているが、ユニカの血を絶つのが恐いのか。
 後者だろうとユニカは思っている。王は自分の治世を全うすることに執着している。この国のために生きている。
 王族は国に仕える者。いつかディルクがそう言っていたが、当代のシヴィロ国王ユグフェルトは、まさにそれを体現したような王だ。彼は国に仕えることに、自分の生を捧げていた。傍で彼を見ている内に、ユニカはそれを知った。
 そして国を恙無く治めることが、必ずしも民の幸せを守ることではないということも知った。彼がその狭間で選択を続けていること、ユニカは、そして八年前のビーレ領邦とジルダン領邦は、その選択の過程で棄てられたのであって、決して王が病を恐れて城に閉じこもっていたわけではないということも。
「テオバルトだな」
 王は溜め息交じりに、義兄にして最有力の臣下の名を口にした。
「はい、エルツェ公爵から伺いました」
 ユニカの問いを無視し、ディルクは頷く。
「待って下さい。陛下、どういうことです? エルツェ公爵が何をご存知だというのですか? いえ、本当なのですか? 私の血を、棄てていらっしゃる?」
 王の使いの医女は、ユニカが西の宮へ戻るとまたやって来るようになった。昨晩も、その前の晩も、彼女たちは火酒と綿布と血抜きの針を持って、就寝前のユニカのもとを訪れた。以前の日課通り、小さなグラスに一口で飲めるほどの血を溜めると急いで王のもとへ帰って行く。
 棄てているのなら、それなら、いったい何のために。
「私は陛下がユニカの血を所望なさるようになったきっかけを、詳しくは知りません。ですがもし陛下がご病気でいらしたなら、ユニカの血で平癒しているはずです。それとも、私のように効果が無いのでしょうか」

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