天槍のユニカ



閉じる嘘の空(7)

「死ぬわけにはいかぬのだ、まだ」
 固く強張った喉から絞り出す苦しげな声は、世界中の音を拒もうとするユニカの耳には届かない。もどかしく思った彼は、震えているユニカの手を強引に掴み上げた。
「陛下、ご無体な真似はおやめ下さい! 危のうございます!」
 侍女たちが止めにかかる理由は、先程の不可解な現象が物語る通りだ。彼女たちはユニカではなく王の身を案じていた。
 ユニカが生じさせる稲妻。神々の持つ雷の槍に因んで『天槍』と呼ばれ始めたその力は、どうやら村一つを焼き尽くすほどらしい。
 しかしその力が本物ならば、もう一方の噂も、また。
「そなたの血に、病を癒やす力があるというのはまことか」
 ユニカはのろのろと顔を上げた。
「導師さまが、血をあげてはいけないって仰っていたわ。だからもうあげないのよ。王さまがご病気でも、あげないのよ」
 王は何かを堪えるように大きく息を吸った。掴まれた腕が痛いくらいだったが、ユニカは抗議もせずに王からついと顔を逸らす。
 もっと頑なに養父の言いつけを守ればよかった。そう後悔するユニカには、勿論王のために血を差し出すつもりなど無かった。
 血を奪おうと思えば、王にはいくらでも手段があった。しかし彼はユニカの腕を掴んだまま、低い声で訴える。
「余は、まだ死ぬわけにはいかぬ」
 知らない、とユニカは首を振る。
 ああ、王には見捨てられる悲しみも知って貰いたい、自分にはそれが出来るのだ。そう思うと少しだけ嬉しくなった。なのに、ユニカの目からはぼろぼろと大粒の涙が零れてくる。
 王はそれを怯えている故だと思ったのか、更に畳み掛けてきた。
「二歳の世継ぎに何が出来る。死病に冒された南部の復興は、微妙な均衡を保っているトルイユやマルクとの外交は、誰が指揮する。今、余が死ぬわけにはいかぬのだ。分かるか、娘よ」
 ユニカは滲む視界いっぱいに王の顔を収め、ぼんやりとした心地でそれを聞いていた。分かるはずがない。難しい言葉で、難しい話をされても。
 ただ、彼が一心に死を回避しようとしているのは分かる。死にたくないと足掻いているのなら、もっと長い間そうして苦しめばいい。
 ユニカも恐ろしかった。養父や、村人達も恐ろしかっただろう。皆で永遠にも思える長い時間を、拭い得ぬ死の気配に怯えながら過ごしたのだから。城に籠もっていた王に、それを思い知る機会を与えたい。しかし、
「余が殺したいほど憎いのであろう、娘。叶えてやらぬでもないぞ」
 その言葉に、ユニカはゆっくりと目を見開いていった。
「王妃さまが、だめだと仰っていたわ」
「何もかも終えてからならよい」
「なにもかも……?」

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