天槍のユニカ



閉じる嘘の空(9)

「飲んだのか、いつ?」
「先日の審問会のあとです。矢傷を癒やして欲しいと、ユニカが」
「……! それは、」
 二人の視線が、ちらりとユニカに向けられた。
 確かに口止めもしなかったが、わざわざ王に知らせることはないのに。ユニカが口を開きかけた時には、彼らの関心は既にお互いの言葉に戻っていた。
「効かなかったとな」
「はい。特に早く傷が癒えるわけでもなく、医官たちの見立て通りに寝込みました。私の場合はこの際よいのです。私が案じているのは、陛下のお身体のことと、ユニカのことです。血を棄てていらっしゃるとは聞きましたが、もしお身体の具合に不安がありユニカの血を求めているなら、きちんと医官たちの診療を受けて下さい。またユニカの血が本当に必要ないのなら、彼女に痛みを与えることはもうやめて頂きたい」
 まっすぐに王を見据えるディルクの横顔を、ユニカは唖然としながら確かめる。こんなことを言って彼にいったい何の利があるというのだろう。
 そもそも、ユニカと王の約束はディルクには一つの関係も無い。あらゆる痛みを伴う約束ではあるが、果たされるのはいずれもディルクが与り知らぬところでばかりだ。
 そんなことよりずっと重要なのは、王がユニカの血を棄てているのが事実なのかどうか――これはきっと事実だ。ならば何故、彼は血を必要としなくなったのか、何故、必要ではないのに求めてくるか、その理由は。
「そうか、そなたには効かなかったか。クレスツェンツのときと同じだ。何故であろうな」
 驚愕と怒りの入り交じったユニカの視線をほんの一瞬だけ受け止め、王は手元のカップを見下ろした。まるでその中の水面に映る自分を嘲笑するように、彼の口元が髭の下で力なく歪む。
「ご存知だったのですか……?」
「あれが何も言わぬはずがあるまい」
 ユニカは唇を噛んで、更に力をこめて王を見つめる。
 クレスツェンツは、病が癒えないことに対して何と言っていたのだろうか。ユニカが半ば強引に迫り、血を飲ませたようなものだった。それで王妃が快復し、また多くの人々を導いていくのが良いのだと信じて。
 しかしユニカが望む結果は得られなかった。原因は分からない。ディルクの怪我が癒えなかったのと同様に。
 どのような会話が王妃との間にあったのかは明かさず、王は顔を上げた。
「余の身体は癒えた。その娘の血を口にしたからであろう」
「では、今お身体に不安があるわけではないと?」
 言葉はなく、王がただ頷くと、ディルクはほっと息を吐いた。
「ようございました。それなら……」
 そして間を置き、打って変わって冷淡声が発せられる。
「なおのこと、ユニカの血は必要ないはず」

- 473 -


[しおりをはさむ]