天槍のユニカ



閉じる嘘の空(6)

 彼女を押し退けるようにして、重たく豪華なマントを引きずり、王は窓辺の日向にぼんやりと座っていたユニカの傍へ歩み寄った。
 絨毯の上にぺたりと腰を下ろし、何をするでもなく硝子の向こうの空を眺めていたユニカは、うろうろと視線を動かして大きな侵入者を見上げる。
 これはユニカや、ユニカの故郷の人々や、養父を見捨てた冷酷な男。
 難しい政治の理屈は分からないが、確かなのは、この国で一番偉く人々を動かす力のあるこの男が、疫病を恐れ何もしなかったことだ。命がけでユニカ達を救おうとビーレ領邦まで駆けつけてくれた王妃とは違い、この男はずっと安全な自分の城の中に籠もっていた。
 まだ夢現に毎日を過ごしていたユニカだったが、王を目の前にする時だけはいつも心が目を覚ます。
 憎い。
 そんな言葉をどこで覚えたのか、ユニカは自分でも分からなかった。ただ湧き上がってくる感情に名前をつけるなら、その言葉が一番しっくりくることをいつのまにか知った。
 彼女の濃青の瞳に映る感情は、王も理解しているようだった。
 一人でユニカのもとを訪ねてきた彼は、無表情に痩せ細った少女を見つめている。
「王さま」
 燃え滾る感情とは相反した冷ややかな声で、ユニカは言う。
「ご病気なの?」
 屈託の無い問いかけ、愛らしい声に、王のこめかみがわずかに引き攣った。
「そうかも知れぬ」
 やや間を置いて、彼は侍女たちには聞こえぬよう、低い声で答えた。
 それを聞いたユニカは、まるで花に留まる蝶を見つけたように、ふふ、と微笑む。
「そのまま死んでしまえばいいのに」
 彼女が言った瞬間、バチバチと音を立てて窓の格子に青い光が走る。金具の装飾からしゅうっと煙が上がり、硝子が焦げた。
 ユニカは不思議そうに音がした方を振り返るが、彼女の視界には硝子の扉に切り取られた青空しか映っていない。興味を失うと、青い瞳は再び王を見上げる。
「そうしたら、王さまにも病気の人の気持ちが分かるわ」
「……」
 この男がユニカ達を見捨てたのは、病の苦しみを知らないからだ。死に向かう恐怖を知らないからだ。だったら同じ思いを味わえばいい。
 次々に湧いてくる黒い感情が何故か悲しかったけれど、それがそのときの、ユニカの心からの願いだった。
 自分を助けてくれた王妃の頼みでなければ、王城ごとこの男を灰にしてくれるところだ。当時、ユニカにはそれが出来るという強い確信があった。
 身体の奥底で弾ける青い光。それを引き寄せて身体の外へ取り出すのはとても簡単。いつかと同じようにすればいいのだ。――いつかって、いつのことだろうか。
 確信、疑問、記憶に、悪夢。ユニカの意思以外に彼女を支配するものは多く、不意に混乱に襲われた彼女は耳を塞いだ。
 絨毯に顔を埋めるように丸まるユニカの隣に、王は跪く。

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