天槍のユニカ



軋む梯の上で(7)

 ユニカが返事をしないので、公爵はちらりとティアナを窺った。目が合った瞬間、彼女はこくりと頷いた。
「なるほど、よく分かった。殿下には私との約束を果たして貰わねばならないしね。ユニカ、そのお誘いを受けなさい」
「今日は、ダンスの稽古を……」
「どうせやる気がないんだろう。今日はいい。また後日予定を入れる」
「でも、」
 さっきまでどうにかして抜け出せれば、と思っていたのが自分でも信じられないくらい、今は公爵が引き留めてくれることを期待してしまう。ダンスも嫌だが、王太子に会うのも気が引けた。
 そもそも彼の宮でどういう別れ方をしたのか――ユニカは思い出しかけて思考を急停止させた。
「世話になったお方、それもこの国のお世継ぎからのお誘いだよ。いくら今の君が王家に名を連ねる者だとしても、断れる立場になんてないということを肝に銘じておきなさい。今後のためにもね」
「殿下は既に温室でお待ちですわ」
 公爵に畳みかけられた上、とどめを刺すようなティアナの台詞に、ユニカは恐る恐る振り返った。
「あら? 公、ユニカ様はどちらに……」
 エリュゼがユニカの不在に気がついたのは、それから少し経ってからだ。慣れない動作の繰り返しにすっかり息があがっている彼女を見て、公爵は眉間に皺を寄せる。
「あのお姫様の心配より自分の心配をしなさい。なんと今日はマリアンを貸し切りに出来るよ。一時間で終わることはない、私がよいと言うまで特訓だ」



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 さすが、年明けが近い。まだ雪が降り積もる夜があり、庭園を覆う雪の層は厚く、コロネードの石畳も所々凍っていたが、陽射しが力強くなってきたのが分かる。
 大きな氷柱も昼間の気温が高い証拠だ。ぽたぽたと滴を垂らす水晶のような氷は、風が吹くとまとった水が揺れ動き、虹色の光を放った。
 今日は温室も充分に暖まっているだろう。特に予定がなければ、冬咲きの薔薇を眺めながら読書をするにはもってこいの日だ。
 けれどユニカの気分はすっきりしない。温室への道中、真っ白な庭園に佇む石像を見て思わず足を止める。
 もうひと月以上前だが、このあたりで襲われたのだ。よろめきながらもあの石像のところまで逃げた。誰かが拭ったのか、べっとりと石像に着いていたはずのユニカの血は見あたらない。

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