天槍のユニカ



軋む梯の上で(6)

「まったく君たちは、女性として最低限の素養が身についていないとはどういうことなんだ」
 クレスツェンツはユニカにダンスの基礎も教えてくれていたが、五、六年前にちょっとやったきりなのでさっぱり忘れている。エリュゼの事情こそ知らないが、ユニカはそんなものを披露するつもりなど永遠に無かったので、きっと続けていても身につかなかっただろう。
 素養と言われても、それは“普通の娘”に必要な素養だ。宮の外へ出ようと考えてもいなかったユニカに、クレスツェンツも熱心には教えなかった。
 ああ、と大袈裟に溜息を吐き、公爵はユニカの隣に腰掛ける。
「君が少しも踊れないようなら、王太子殿下も無茶は言わないだろうけれど……しかしやはり、お披露目しないわけにもなぁ……」
 公爵は、とても軽やかとは言えない足裁きで一人ステップを確かめているエリュゼに視線を注いでいたので、ユニカが頬を引きつらせたのには気がつかなかった。
 何故そこで王太子の名前が出てくるのだ。彼の青緑色の瞳の幻は、ことある毎にユニカの脳裏に蘇ってくる。それを振り払うのは大変だというのに。
 ユニカは使うはずもないのに持ってきていた舞踊用の扇を忙しなく揺すり、王太子の影を頭の中から追い出した。
 しかしそんな努力を嘲笑うかのように、ユニカたちが稽古をしている広間の扉が開いた。姿を見せたのは、フラレイに案内されてやって来たティアナだ。
 彼女が個人的な用向きでユニカのもとを訪れるはずがない。ゆったりとした微笑みを浮かべて近づいてくる彼女から、ユニカは敢えて視線を逸らした。
「お稽古中に失礼いたします」
「ん? 君は王太子殿下のところの」
「殿下よりお手紙を預かって参りました。ユニカ様に……」
 ティアナが差し出したのは、スミレの花が描かれたカードだ。王太子が必ず用いる意匠である。ユニカが受け取れずに躊躇していると、横からすいっと別の手が伸びてきた。
「どれどれ」
 ティアナからカードを掠め取った公爵は、何食わぬ顔でそれを開こうとする。
「……!」
 さすがに我に返り、ユニカは公爵からカードを奪い返した。いらないみたいだったから、と言い訳している彼を追い払うつもりで睨みつけ、しかし公爵が動揺するはずもないので、結局席を離れたのはユニカ自身だ。椅子から一歩離れ、そっと二つ折りのカードを開いた。
 何度かこうしてメッセージを貰う度に思ったことだが、王太子はとてものびのびした字を書く。思いつくまま、ペンを取ってさっと書いた、そういう飾り気のない印象を受ける。けれど決して雑ではなく綺麗な字だ。何でもそつなくこなせる有能さを窺わせた。
「殿下はなんて?」
「……天気がよいから、温室で軽めの昼食でも一緒にどうかと」
「誘われているのは君ひとりかい?」
 む、とカードを見つめたまま、ユニカは考え込んだ。文面は本当に今読み上げた通りにしか書いていない。

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