天槍のユニカ



ゆきどけの音(7)

「導主様から!? エリー、まさか私にお会いする意思があるとか、そんな風に伝えたんじゃないでしょうね!?」
 思わず声を荒らげたユニカは、家具を運び入れている召使いたちが大勢いることを思い出してはっとなり口を噤む。彼らはちらちらと二人の様子を窺いながらも、何も聞こえなかったことにしてくれている。
「え? 会ってくれるんだろ?」
「“会う”なんて言っていないわ!」
「年が明けたら公爵の屋敷に行って、そのついでにって話じゃなかったか?」
「エリーが勝手にそう言っただけよ!」
「そうだっけ?」
 エリーアスは惚けているわけではなさそうだった。眉を寄せて首を傾げている。それで話がまとまっていたつもりらしい。
 まったく、どうしてこうも私の知らないところでばかり話が決まってゆくのだ。ユニカは胸の中で憤慨し、しかしふと思いついた。
 ユニカが何も決めようとしないからだ。どんなに事態が動いていても、ユニカは王との約束に固執するだけでその場所を動こうとしない。
 そう、ユニカを取り巻く環境は“変わった”のだ。
 クレスツェンツに、憎き王に守られ隠されていた時とは違う。ユニカの存在は“公”に認められる。
 外務卿や王太子という政治の一端を巻き込み、大きく渦を巻いた波濤の中にユニカもいるのだ。
 このまま、本当に隠れていられるのだろうか。王との約束は果たせるのだろうか。
 巻き込まれた渦の大きさに、気づくべきではないのか。
「そんなに怖がることはねぇよ。お前は城の中に籠もりきりだったから、貴族連中の嫌な視線にしか気づかなかっただけだ。別に城から出たって、とって食われるわけじゃないんだから」
 エリーアスはかがみ込んで、青褪めるユニカの顔を見上げてきた。
「パウル様はお前の事情もすべて知ってるし、エリュゼが言ってたオーラフ導師もそうだ。アヒムの選りすぐった味方が結構いるんだぞ」
「それは……私を城の外へ連れ出そうと誘惑しているのかしら?」
「ははは、まあな。無理矢理にってわけにはいかないからな、せいぜいことあるごとに誘うことにした。パウル様の手紙は部屋が落ち着いたらゆっくり読んでくれ。あと、年明けの話は“無理矢理”じゃないからな。公爵んちに行くついでだ、ついで」
 からりと屈託なく笑い、エリーアスはユニカの頭を引き寄せ、自身も首を伸ばして彼女の額に口づける。いつも通りの別れの挨拶だ。ユニカが王城に住み始めてからずっと変わらずに続けている。多分、エリーアスが王城から帰る度に寂しがるユニカのために、養父がしてくれていた『おやすみのキス』を真似て始めたのだと思う。
 エリーアスに親愛を示されるのは勿論嬉しく、ユニカはごく自然にそれを受け止めてきた。しかし今日は、前髪越しに唇の感触を覚えた途端、急に気恥ずかしさがこみ上げてくる。

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