天槍のユニカ



ゆきどけの音(8)

「な、なんで赤くなるんだよ」
 エリーアスの狼狽えた声で、ユニカはようやく頬が熱くなっていることに気づいた。見れば彼も火がついたように赤くなり、こちらを凝視している。お互い予想外の反応に、なかなか次の言葉が出てこない。
「え、えっと、違うわ、これは……挨拶だものね」
「はあ? そりゃ、挨拶だけど……」
「あ、挨拶だからいいのよ」
 本人の目の前で拭うのも気が引けたが、生温い感触が額から消えない。前髪をいじる振りで額をさする。先ほど同じ感触が触れた唇を、ぎゅっと噛みしめていることにユニカは自分でも気づかなかった。
「いや、でももう子供の時分とは違うしな、こういうのはおかしいか」
「そんなことはないわ! 嫌だったわけでもないのよ。挨拶だからいいの、本当よ」
「挨拶“だから”って、挨拶じゃない場合ってどんな、」
「……知らないわ!」
 蘇りかけた記憶とエリーアスの言葉の先を必死で封じ込め、ユニカは立ち上がる。
「お茶を飲んでいく暇もないの? エリュゼたちが用意してくれているみたいだけど」
「そうだった、ああ、急いでる。悪いな。と、帰る前にもう一つ、王太子から預かってきたものがあったんだ。フォルカ、持ってこい」
 従者の少年僧が、抱えていた箱を持って二人のもとへやって来る。時間を気にしているのか少し不機嫌そうな彼は、けれどユニカに対して不快感や敵意を持っている風ではない。好奇心は抑えきれず、ちらりとユニカの表情を窺う程度だ。
 その彼が差し出してきた箱は、見た目に反してずしりと重みがあった。両の手に乗る大きさ、この重さ。どこか覚えがある。
「どうして、王太子殿下から預かりものを?」
「まだお前が東の宮にいるんだろうと思って、先に王太子に引き継いで貰ったんだよ。そしたらついさっき西に戻ったって言われて。その箱、ユニカが出て行ったすぐ後に届いたんだと。『気になっていただろうから、すぐに届けて欲しい』って言ってたぜ。それ、なんだ?」
 不思議な予感があるものの、ユニカにも中身が何かは分からなかった。テーブルの上でそっと蓋を開けてみる。
「本か?」
「あ……」
 ユニカはタイトルを確認しようとするエリーアスを遮り、慌てて蓋を閉じた。
「以前殿下に貰ったのだけど、部屋を荒らした近衛兵が持って行ってしまって続きを読めていなかったの。そう言えば、また街から取り寄せて下さると言っていたわ」
 裏返らないよう、わざと声を低くしたのは、中身が巷で流行の恋愛小説だったからだ。なんだか狙ったようなタイミングで送ってくるなと思いながら、ユニカはすっとそれをテーブルの脇に避けた。

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