天槍のユニカ



惑いの花の香(4)

 だとしたら、彼女がこの先寵愛を賜りたい相手と言えば、現在の王太子だ。そう考えると、やはり大胆なことを言う。口にしない方がよいことだ。
「――そう思っておりましたが、国の有り様を乱すような真似はしなくて済みそうです。今はただ、殿下が一日も早くこの国に基盤を築かれ、未来には王として、善く政を行って頂きたい一心で働いております。しかしやはり、侍官の方が出来ることは多いのです。医官が活躍できるのは、王家の方のお身体に関することについてのみでございますから」
 ティアナの視線から剣呑な輝きはすっと消え、事務的な微笑みだけが残る。
「それでも、ご養父さまに教えて頂いたことはわたくしの宝物です。なんと申しましょうか、勉強の仕方を教わった気がいたします。分からないことは理解できるまで調べる、考える、そうしなさいとご養父さまは仰っていました」
「ああ……そうね、私の勉強を見てくれる時も、父はいつもそう言っていたわ」
 誰かからこんな風に養父の話を聞くのは、エリーアスと王妃以外では初めてだ。昔を懐かしみ、愛おしそうに目を細めるティアナの表情に嘘は無さそうだった。嬉しさと切なさで、ユニカは少しぎこちない笑みを浮かべる。
 養父が作った繋がり……温かい響きだ。それだけに心に刺さる。
「ティアナ、あなたの医薬に関する知識は、知識だけだのかしら?」
「と、仰いますのは」
「血抜きの針を扱えるの?」
「……はい、腫れ物から悪血を抜く方法として存じております」
「だったら頼みがあるの。殿下が目を覚ましたら道具を用意して」
「血抜きの針を、でしょうか」
「ええ、そうよ。陛下の息がかかった医女を呼びたくないの。あなたに血を採って貰うわ」



**********

 ルウェルに毛布を掛けたティアナは、ユニカとの約束通り次に血抜きの針や火酒を用意してきた。彼女は針や綿布を火酒に浸して清め、静かに準備している。
 ユニカは寝室の中からそれを横目に見ていた。
「どういう心変わりをしたんだ?」
 横たわったままのディルクに問われ、彼女は怪訝な顔で王太子を見下ろした。
「エイルリヒの時は、あんなに渋ったじゃないか」
「私は、誰かのために私に宿る力を使わないと決めています。だから嫌だったの。国のためにこんな気味の悪い力が使われるなんて、冗談ではないわ」
 結果的にディルクに押し通される形になったことを思い出すと、ユニカは悔しくて堪らない。だから態と乱暴に吐き捨てて、彼から顔を反らした。
「なるほどな、それで陛下に血を差し出すことは拒まないのか。この王城に住まいを保証して貰っている対価だとでも?」

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