天槍のユニカ



惑いの花の香(5)

 関係ないと言わんばかりに、ユニカは無言だ。それが肯定の代わりになっているとは思いもしない。
 理由はディルクにも分からないが、王は既にユニカの血を必要としていない。彼女に差し出させた血を棄てている、とエルツェ公爵が言っていた。伝聞ゆえ真相は不明だ。しかし彼女がそれを知ったらどう思うだろう。自分に差し出せる唯一のものが、王にとっては何の意味も無いものだと知ったら。
「王城にいたいのなら、そんな対価を支払う必要はない。このまま東の宮にいればいい。私は対価など求めないよ」
「あなたに囲われろと仰るの?」
「そう言う意味じゃないが……」
 悲しげな顔をされても、ディルクの言葉はユニカにはそうとしか受け止められなかった。絶対に御免だ。
「陛下にも、あなたにも、施しを受けるのは嫌です。だから血を差し上げると言っているの」
「ならば、血を差し出して私にして貰いたいことというのはいったい何だ?」
「エルツェ公爵のことです」
「彼が、どうかしたか?」
 公爵の名を出すユニカの表情があまりにも忌々しげだったので、ディルクはつい首をもたげて問い返した。しかしその動作が傷口に響き、小さく呻いて動くのをやめる。
 ユニカは痛みに眉根を寄せるディルクの様子に、ちくりと胸を刺された。しかしこれも、ユニカの血を口にすればすぐに無くなる痛み。そう自分に言い聞かせ、平静を装う。
「私は、戸籍上公爵の娘になるというお話でまとまっているのでしたわね」
「ああ、そうだな。君が現在王族だという事実は、まだ審問会でしか公表していないがあっという間にすべての貴族の耳に入る。必ず抗議の声が上がるだろう。君を王族として扱うことに納得する者など、多分いない。世継ぎが決まれば、成人した王の子は順次王家を出るという法もあるからな、間違いなくそこを指摘される。そうなる前に、公爵に君のことを引き受けて貰うのがいいと、私や陛下は考えている。勿論名目だけの話で、陛下はその後も君を、『客』として王城に住まわせるつもりのようだが……」
「そのお話、なかったことには出来ないものでしょうか」
「なかったことに、とは? 身分は王族のままで、ということか?」
「そうではなくて、誰か、エルツェ公爵以外にお願いできる方はいないのですか。例えば、エリュゼだとか……」
「それは無理だ。エリュゼは確かにプラネルト伯爵という陛下の直臣の一人だが、今は何の力もない。公爵以外に適任者はいないよ。君を庇い批難の声を黙らせる実力も、クレスツェンツ様の兄君だという点で、君との縁もある。彼ではいけない理由が何かあるのか?」
 むつっ、と唇を引き結び、ユニカはなかなか答えなかった。ディルクは黙って待つが、終ぞ彼女は答えない。そうしている内に、針の準備を終えたティアナが寝室へと入ってきた。
「ご用意が整いました。出来れば、明るいあちらのお部屋でお願いしたいのですが……」
「いや、待て。ユニカ、君の願いがそれなら、私には叶えてやることが出来ない。つまり君に血を貰っても、借りを返せない。不服なら、この話はなかったことにしてもいい」

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