天槍のユニカ



惑いの花の香(3)

「確認、って。あなたは侍官でしょう? なぜ医薬の調べ物をするの?」
「殿下がお怪我をなさったり、急なご不例で倒れられてしまった時、わたくしに手当てをしたり病状を見極める知識が多少なりともあれば、医官を呼ぶにしても様々先手を打てますから。身につけておいて損のある知識ではないと考えております」
 そう、と相槌を打ちながら、ユニカは目を伏しがちに話すティアナを見つめた。
 彼女が、亡くなったクヴェン王子の傍に仕える侍女だったことはユニカも知っている。本当に時折、温室や図書館で王子と出くわしてしまうことがあり、その時に彼に付き従うティアナの顔も見ていた。
 王子が死に、ウゼロの公子を世継ぎとして迎えるにあたっては東の宮の人事も一新されるのが当然のところだろうが、ティアナは新しい王子の傍に残った。何故かと言えば、今の話を聞けば少し分かる。彼女は有能なのだ。世継ぎの身の回りを世話するだけではない、緊急時に機転の利いた対応が出来ると、侍従長に見込まれているのだろう。
 しかし解せないことがある。
「何故、医官ではなく侍官になったの? 女性の医官もいるし、イシュテン伯爵家は医師の家系だと王妃さまに聞いたこともあるわ。あなただってずっと勉強してきているようなのに……」
 それまでうつむき加減だったティアナは、急に視線を上げた。淡い緑色の瞳にはユニカの姿が映り、強い意志が火のように灯っている。
「疫病」
「え……?」
「八年前の、あの疫病がきっかけです」
 ぞ、と、喉の奥を刷毛で撫でられるような不快感が湧き上がってくる。記憶の蓋に手を掛けられたような気がして、ユニカはつい顔を顰めた。けれどティアナが手を掛けたのは己の記憶の蓋であり、彼女もまた苦々しく目許を歪める。
「あの時、多くの医官は都を出ようとしませんでした。ジルダン、ビーレの両太守や、グラウン先生からも救援を求める書簡が届いていたのは、わたくしでさえ知っています。でも動こうとしなかった。原因が分からないから、行ったって何も出来ないと、そう言って。最初に立ち上がったのは王妃さまです。大勢の志ある仲間を引き連れてアマリアを出て行かれるお姿は、さながら出陣する武将のように勇敢で、すっかりわたくしの夢の形を変えてしまいました。医官になれば、ああして人々の先頭に立ち、行動することは出来なくなるのではないかと。侍官になれば、王家の方の厚い信頼を勝ち取ることが出来れば、もっと高いところに手が届くのではないかと。だから医官になるのはやめたのです。どんなに狡猾な手段を用いてもいい、王妃さまのようになりたい――」
 呆気にとられたユニカは、ただ大きく瞬いた。随分と大胆な告白だと思う。侍女の立場で、どうしたら王妃の真似が出来るのか。ユニカには本で読んだ歴史や物語の中の出来事としてしか想像できないが、それはつまり、どのような形であれ王族からの寵愛を得て、裏から王政を操ると、そういう意味ではないのだろうか。

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