天槍のユニカ



惑いの花の香(1)

第三話 惑いの花の香


 フラレイが相談に来たとおり、侍女のエミに連れられ、彼女は日暮れとともにやって来た。自身も侍女を装ってきたようで、侍官に支給さる外套を羽織っている。まだ王太子と接点があることを周囲には知られたくないと思っているらしい。
 今更だ。彼女が滞在しているのは王太子の住まい。加えて、今日の審問会での悶着。
 罪を問われるのはチーゼル卿だが、王太子が負傷したのは彼女を庇ったせいだった。貴族、騎士、どれほどの人間に目撃されたと思っているのだろうか。彼らの口に戸を立てるのは最早無理である。様々な憶測を伴い、彼女と王太子の関係は噂されるだろう。
 緊張した面持ちで外套を脱ぎながら、彼女は一度だけ訪れたことのあるディルクの部屋を落ち着き無く見回す。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへお掛け下さい」
 さらりと黒髪を揺らし、ユニカは頷く。ティアナにすすめられるままテーブルに着いたが、彼女の視線は寝室のドアを気にしている。
「王太子殿下はお休みでいらっしゃいます。お薬をお飲みになっているので、しばらくはお目覚めにならないかと思いますが……それでもお待ちになりますか?」
「ええ。直接、お話がしたいの」
「長くお話になれるかどうか」
「分かっているわ」
 きつい口調でティアナに言い返した後、ユニカははっとなって気まずそうに顔を伏せた。いつも侍女にはこういう対応をしている、いや、させられているのだろう。ほけほけと頭の悪そうな顔をして探りを入れてくるフラレイの顔を思い出し、ティアナはこっそりと溜息を吐いた。
「あのノート……見せてくれてありがとう。あなたが持ってきたのだとエリュゼに聞いたわ」
「はい。言付けさせて頂いたとおり差し上げることは出来ませんが、ユニカ様が“グラウン先生”のお嬢様なのだと父から聞いて、見て頂きたいと思っておりました。お気に召して頂けたならようございました」
 怖ず怖ずと切り出したユニカに、ティアナはゆったりと頭を垂れた。心なしか、ユニカの表情が安堵に弛む。
 ティアナにとって、王城の片隅に住み着いていたユニカはずっと謎の異物だった。十二の時から王城にあがり、クヴェン王子の小間使い、また遊び相手として伺候していたが、彼女の存在が国王夫妻にとって一体“何”なのか、ずっと分からなかった。まさか王位に関わらせるようなことはあるまいと思っていたが、クヴェン王子と己の立身のために多少は警戒していた程度である。
 そして今は、新しい主のディルクが求める相手。観察と調査の対象でこそあれ、よもや自分と彼女にこのような縁があろうとは夢にも思っていなかった。
 アヒムから貰ったノートを見せたい、と思ったのは本心である。それで彼女の、あらゆる他者に向ける警戒心を解ければよいとの考えも勿論あったが、一方で見せてあげたいという漠然とした思いだけが湧いていた。我ながら、感情だけが胸にあって理由が分からないというのは珍しいことだ。

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