天槍のユニカ



寄す処と手紙(1)

第8話 寄す処と手紙

 
 シヴィロ王国とウゼロ公国の行軍訓練は、伝統的に王太子領の西の端にあるグリスシャル盆地で行われてきた。件の盆地は公国との国境に接した地域にあり、鉢状の地形の底は広く平ら。騎兵が広く展開することも出来、砲を用いても支障がない。
 ここしばらくは両国の将軍が指揮をとっていたが、今年の行軍訓練には相方の世継ぎが参加する。そのせいか、演習場に近接するグリスシャル城に集結した諸隊長の顔は例年より強張っている。
 先に到着していた二個連隊に続き、親衛隊を率いた王太子が城へ入ったのはその日の昼すぎ。夜営の準備を見届けて城へ入った彼を、公国からやって来た公子エイルリヒが出迎えた。
「お久しぶりです、兄上」
 今年の大霊祭の後に立儲の礼を控える公子は十五歳。ようやく成人の仲間入りを果たしたばかりでまだまだ幼さが目立った。騎士服を着て帯剣した姿は、ディルクが数ヶ月前に別れた時より少しは大人びていたが。
「遠路はるばるご苦労。背が伸びたんじゃないのか」
「ええ、陛下からいただいた剣を差していて様になるには、もう少し足りませんが」
「……立ち話もなんだ。夕食まで時間があるし、座ってゆっくり話そうか」
「はい」
 ディルクは両国の諸隊長らの出迎えにも応えたあと、側近の騎士ではなくテナ侯爵を従え、自分の騎士を連れたエイルリヒとともに城内の一室に入った。
 と、ここまでは双方の世継ぎであり兄弟である二人が、礼節に則りながらも親しく再会を喜ぶ姿に見えただろう。ところが、
「あー、疲れた! どうしてシヴィロ側は一日遅れてくるなんていう慣例があるんですか!? この僕を待たせるなんて!! ディルク、来年からは同日に集合するよう君から提案してください。もう帰りたい。猫はいないし、馬はうるさいし、食事もまずいし、暇だし、もう帰りたい」
 人目がなくなった途端、エイルリヒはひと息にまくし立てて身体を投げ出すように椅子に座った。何の遠慮もなく上座に。さすが、数千人を待たせても自分を待たせるなと二回も豪語するだけはある。
 彼が座った椅子も飾り気のない、本当に座れるだけの質素なものだ。ギシギシ鳴るので、それにも不満そうに舌を打った。

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