天槍のユニカ



春を知る君(21)

 どうしてここへ? と思ったら、広間の露台(バルコニー)にはレオノーレとカイがいて、二人は領主館の門扉を見下ろしている。カイはきちんと着替えていたが、レオノーレも起きてきたばかりと見える寝間着姿。ちなみに、弟はだらしのないユニカの姿をちらりと見て小さく溜め息をついていたが、今はそれを気にしている場合ではない。
「ディルク、待って!」
 レオノーレにぐいぐい引っ張られながら露台へ出る。見下ろした先には十騎の騎士が並んでいて、馬首をそろえていた彼らは今まさに出発しようとするところだった。
 レオノーレの呼びかけに、そのうちの一人が領主館を振り返った。
 山脈の縁から注ぐ朝陽の先駆けが、ディルクの金髪と白金の胸甲に反射する。彼の肩からさがった王家の身分を示す紺青のマントはまだ闇の色をしていて、昼夜の両方を従えたようなその姿はどきりとするほど絵になっていた。
 声が届くほどの距離だというのに、ディルクは微笑みながら無言のうちにこちらへ手を伸ばしてきた。いつものように指先を握られる感触がユニカの中に蘇る。まるで彼の手がここへ届いたように。
 ディルクの仕草に応え、ユニカも手すりの向こうへ腕を伸ばす。
 ここで待っている。
 声に出さないまま呟いたのが伝わったのか、ディルクはゆっくりと頷いた。それがなんだかひどく切ない。彼が行ってしまうのだという実感が突然湧いてきて。
 隣にいたルウェルに促され、ディルクは今度こそ馬腹を蹴って駆け出す。
 その背が森の中へ消えて見えなくなると、ゼートレーネは昨日より少しさみしい朝を迎えた。






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