天槍のユニカ



寄す処と手紙(2)

 ここグリスシャル城は、規模こそ大きいが砦としての機能しか有していない。普段エイルリヒの暮らしを取り囲んでいる優雅な調度品は皆無である。
 こんなことであと四日保つのやら。
 誰がやって来るか分からないので、ディルクは上座からエイルリヒを追い払い、改めて兄と弟がつくべき席について向き直った。
「戦の経験がないからって、この生活に不満を見せれば兵は誰もお前についてこなくなるぞ。辛くてもけなげに堪えている顔で過ごすんだな」
「ふん。僕の外面は完璧です。八つ当たり出来る相手も目の前にノコノコやって来てくれたわけですし、もう数日くらいは頑張ってもいいかなと思います」
 お前に八つ当たりしてやる、とほぼ直接言われたディルクは一瞬どんな顔をしていいのか分からなかった。戸惑いが去ったあとに出てきたのは深い溜め息である。
「シヴィロでちやほやされすぎたかな。レオのやかましさのおかげでお前の喚く声は大して懐かしくないが、毒気の多さにはもううんざりだ」
 うるさいだけのレオノーレが無害で可愛いものに思えてくる。実際は迷惑もかけられているし可愛くもないのだが。
「まあそう言わずに。もっと再会を喜んでくださいよ。これでも僕は君がシヴィロの世継ぎとして地位を固めていってくれているのが嬉しいんですから――その気分も台無しにされたから、思っていたより毒を吐きたくなるわけですがね」
 うんざり≠顔に出しているディルクをせせら笑ったエイルリヒの視線が、王太子から少し離れて控えていた騎士達――のうち、クリスティアンへと注がれた。
「まさかまた会えるとは思っていませんでしたよ、テナ侯爵」
 意地悪く歪めた表情から氷の冷気を漂わせ、エイルリヒは立ち上がった。彼はすかさず跪いたクリスティアンの前まで歩を進め、しばらく無言で顔を伏せる騎士を見下ろしていたが、ふっと吐息のような笑いを漏らした。
「どうぞ顔を上げてください、侯爵」
「は……」
 クリスティアンが声も低く応じ、顔を上げた瞬間。
 軽く乾いた音がそう広くない部屋に響き渡った。その余韻も消えぬうちに、平手で騎士の頬を張ったエイルリヒの怒号が続いた。
「よくも僕の前に出てこられましたね! どの面さげて≠ニはきっとこういう時に使うんでしょう。君は荒くれ者の多いバルタス方面軍の騎士の中では良識がある稀な人間だと思っていたのに、爵位を返上するだけでなくわざわざ自分が棄てた主君の顔を見にくるとはどういうつもりなんだか!」

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