お昼と外出





青の月緑の週。


今週は、交渉と魅力だ。


とにかく、舞踏会で恥をかかないレベルにまで会話力と
人間的な魅力を高めないといけない。



二度と。
にーーどーーと。


タナッセにニヤニヤしながら「可哀想に(笑)」みたいに言われないように。
あああああ。ホント思い出すとムカつくーーー!!



「ったく、毎週毎週。
どっかで見張ってんのか、あいつはッ」



それとも、10日になるとエンカウントする敵か何かか。
あ、それっぽい。



スライムとか。ゴブリンとか。
ざこっぽいのに、チクチク痛そうな感じの。



瓶は死守したけど、あいつのことだ。
また何か嫌味を言ってくるか分からない。対抗できる手段は多いに
越したことは無い。


交渉術は、そういう意味でもナイスなチョイスだと思う。




そんなことを考えながら、午前の授業を終えて歩いていると、
廊下の先で、シャラシャラという鈴の音のような音がした。


何だろう。


そっと角を覗きこんでみると、さっと何か影が目の前を横切る。
え……?
びっくりする私の目の前で、影が私を捕まえようとしていた。
手が伸びて、それが大きい手だと分かるものの、どうして良いか分からずにいれば、


「やめよ」


一声で、その影が無くなる。



「え? ……えっと……」


戸惑う私の前に、リリアノが数人の侍従を引き連れて歩いてくる。


侍従と、衛士と文官だろうか。服装でそう判断したけど、
さっき影に見えた人の姿は無さそうだ。



「すまぬな。勘違いしたようだ」
「あー……はい。ごめんなさい。勘違いさせて」


どこに居るか分からないけど、
リリアノを守っているであろう護衛の人に向かってキョロキョロと頭を
動かしながら謝る。



「…………。レハト、これからどこへ行くつもりだ?」


仕事関連のことは良いのか、珍しくリリアノが立ち止まったまま
話しかけてくれる。
それが嬉しくて、私は笑顔を浮かべて答えた。



「これからお昼のつもりだけど……」



もしかして、一緒に食べれるんだろうか。
忙しくないのかな。でも、一緒に食べて良いのなら、一緒に食べたいな。
それが顔に出ていたのか、リリアノが口を開く。



「そうか。
今から昼をとるが、また共にくるか?」


「行く!」


即答すると、困ったように笑われた。
それでも、久々に一緒のお昼だ〜と浮かれる気持ちをそのままに
広間へと歩いた。








リリアノの食べたいものはあるかとの問いに、魚が食べたいと答える。
今日は魚の気分だったからなんだけど、
リリアノは嬉しそうに「魚は好きか」と笑った。


「うん。結構好き。リリアノは、魚が好き?」


聞くと、リリアノはふっと笑いながら小さく「ああ」と答えてくれる。


海で魚が取れず、湖の魚も食べる人が少ないのならば、魚好きは中々いないだろう。
日本のように魚がメジャーじゃないのだ。


サニャのように、げてものだと判断する人が居る位だから、
魚好きは、マニアックな趣味なのかもしれない。


そう理屈では分かっていても、
自分が好きなものを好きと言われて嬉しくない人間はいない。


リリアノもその例に漏れず、嬉しかったらしい。
にこやかに魚が来るのを待っている。


ゲームで知ってはいたけど、実際目にすると結構可愛い。




「……ところでレハト、物を食す時には十分な注意を払え。
今、我らの食事を整えてくれるのは、十年来の者ばかりだがな、
もし違和感を覚えた時はすぐに吐き出せ」



魚の話題から、他の地域で魚を食さない文化では、食はどうなのかと
話していたところ、リリアノがぽつりとそう呟いた。



「望まぬとも、お主の存在はこの国に亀裂を入れかねぬ。
そして、短絡的な輩は必ず存在するのだ。
しかも、私利ではなく、正義に燃えてな」

「…………そうだね」



私利であれば、まだ分かりやすく、近づいてきた時点で分かりそうだ。


でも、正義に燃えていたら、
自己保身など無く、ただただ私を殺そうとする。


理由は、ヴァイルが正当だからとか、
ランテの為にとか、神に選ばれるのは一人だとか……色々だろう。


正義に燃える人。



その言葉に、モゼ―ラが思い浮かんだ。


彼女のようなタイプが犯しやすい危険性だろう。
真面目で、正義に燃える。
……いや、モゼ―ラは私を殺そうとはしないだろうけど。



そこまで考えて、苦笑した。
それで殺されるなら、殺されただなと自分が思ったことに。



「まあ、安心せよ。
そのようなやり取りには慣れておる。
それこそ、お主の年の時がもっとも激しかったな」


懐かしそうにどこか遠くを見つめるリリアノ。
それを見ながら、その情景は正確には分からないことが、少し寂しいと感じる。


「ふふふ、思い返せばそれすらも懐かしいものだ。
人の心とは上手い具合に出来ているものだな」



そうして何かを私に見るように、じっと見つめてくる。
それに応えるように、私も彼女の緑の目を見つめる。



「…………」
「…………」


別に見られて困るようなことはしていない。
心を覗かれたって、困ることを思ってもいない。だから、ただ見つめる。綺麗な顔を。
その意志の強そうな眉や、
目はタナッセに良く似ているなぁとどこかで思いながら。



「さてさて、この時を迎えれば、
あの人の気持ちも分かるだろうと思うていたが……。
ふむ、結局のところ、あの人と我は違う人間だったというだけか」



リリアノは幾分、がっかりした響きで呟く。


その『あの人』が誰なのか、大体の察しはつくけれど、
いまの私がそれを言う訳にはいかないだろう。
それでも、私は、
私が求められていると思いたい一心で、つい口を滑らせてしまう。



「リリアノ。私が誰かに似ていても、私はその人ではないよ」
「…………。レハト、お主、何か……」


ぽつりと返すと、リリアノは怪訝そうな顔をした。
そういう顔をすると、本当にタナッセに良く似ている。
クスッと笑ってしまったのは、そのせいだ。



「お待たせいたしました。
本日の主菜は、先ほど捕れました黒帯魚の蒸し焼きでございます」


使用人が持ってきた魚の皿が、会話を中断させる。
カチャカチャと用意されて行く卓に、雰囲気は霧散した。


「さて。では、頂くとしようか」
「うん。いただきます」



頷いてゆっくりと魚を頂く。
さっき捕れたというだけあって、脂が乗っていて美味しい魚だった。











お昼を食べ終えて、執務に戻って行ったリリアノを見送り、
私はぶらぶらと門のところまで来てみた。


あの田舎から来たおっちゃん、いないかな。



「果実酒、咄嗟に貰っちゃったけど、良いのかな。何か悪い気がするし。
っていうか、おっちゃんの名前も知らなきゃ、
推薦も何もあったもんじゃないじゃん」



折角だから、リリアノに打診してみようか。
そう思ったけど、良く考えたら名前も知らないおっちゃんだった。
何て間抜け。



「市に出たいなら、偉い人の推薦状が云々って確かトッズも言ってたし……。
私は、偉く無いけど、リリアノは偉いから、何とかなりそうなのに」



肝心のおっちゃんはいない。



そりゃそうだ。先週、市が立ったのだから、
今日は、市のない休日。
商人が来る動機が無い。門の前もガランとしていて、人通りはまばらだ。


「……うん。完全に阿呆だ」



部屋に戻ろう。



そんなことを思って、ため息をついていたら、前から門に向って歩いて来る人物を見かける。


「モゼ―ラ?」

声を掛けてみると、こちらに気付いたらしい。
少し笑みを浮かべて近寄ってきてくれる。


「あら、レハト様。こんなところでどうされました?」
「……いや、ちょっと」


市の日と勘違いして、門に来ちゃいましたとか恥ずかしくて言えない。
先週、ちゃんと市の通りを見て歩いたというのに。
もごもごと言った後、私は話題を変えようと「モゼ―ラはどうしたの?」と聞いた。



「私はちょっと買い物に出るところです。
市の前に、インクを切らせてしまいまして」

「そっか。それは無いと困るね」


頷くとモゼ―ラは、ああっと何気ない様子で誘ってくる。


「そうだ、お暇でしたら、一緒にいかがですか?」
「え。良いの? 行きたいなぁ」


行けるならば、城下町に行ってみたい。
私の部屋から見える夜の明かりは、綺麗だけど、街の中に入って見たことは無い。

街の人々の生活がどんな物なのかも、知らない。
雑貨屋さんなんかあるなら、そういうのも見たいなぁ。


それは無理なお願いだと分かっているけれど。


そんな思いを含めながら言った言葉は、了承の意だと思われたらしい。


モゼ―ラは喜ぶ私を微笑ましそうに見て、
まるで私の姉か何かのように引率してくれる。


「何かご用意はありませんか? 
ないのなら、参りましょうか。
きっとどこかお目当ての場所がおありなのでしょう?
そちらへ先に参りましょうね」


優しい声。
その声に誘われるように、私はもしかしたら、今日は行けるのかもしれないと
ちょっとワクワクしてしまう。



「あのね。城下には、まだ出たこと無くて。
でも、私の部屋から夜は、街の明かりが見えるし、昼には御飯の匂いもするから
どんな所か、すごく気になってるんだ」


何気なく言った言葉に、彼女は目を丸くした。
……ええっと。何かまずかった?


「え……どうしてですか?」


さっきまでの微笑ましそうな表情から一転。
怪訝そうな不審そうな眼で私を見つめてくるモゼ―ラ。


「どうして、って……」


そんなのは決まっているじゃないか。
苦笑した私が、その続きを言う必要はなかった。



「おい、ちょっと待った真った!
お待ちください!」



……ああ、やっぱりね。


衛士の横をすり抜けようとした時、衛士2人が慌てた様子で走ってくる。
モゼ―ラは、くるりと振り返り衛士たちに尋ねた。


「はい、どうしました?」

「いや、あんたはいいんだが……レハト様、お戻りください。
ここから出ることはなりません」


衛士は私を逃がすまいと、腕を掴んで中庭の方に戻そうとする。
それを庇うように、モゼ―ラは衛士たちと私の間に入って声を荒げる。


「! どうしてですか!」

モゼ―ラの動きに私の腕から手を離してしまった衛士は、
私が逃げないか心配らしく、うざったそうにモゼ―ラを見る。


「いや、あんたはいいって」


しっしっとばかりに、モゼ―ラを見やって私の方に近づいて来る衛士。
2人目の衛士は、腕を掴むこと無く、背中を押して戻そうとする。


別に逃げやしないのに。
そう諦めの境地でいる私の代わりに、彼女が再び私の前で庇おうとする。


「そうではなくて、何故レハト様がダメなのですか!?」
「どうしてって……命令受けてるから……なあ?」


なあ?と聞かれた方の衛士も気まずそうに、ああ、と返す。
お仕事ご苦労様です。仕方ないよねぇ。給料貰って仕事してんだもの。


そう同情を込めて見つめる私と対照的に、モゼ―ラは余計に苛立ったらしい。



「命令って、どなたからですか!?」


「陛下からだよ!
って、そっちこそ本人ならまだしも、どうしてあんたが突っかかってくるんだ!?」



あー……。まぁ。
それは、モゼ―ラだからですとしか言いようがない。
良い子なんだよ。基本的に。
ちょっと暴走しがちな所が、たまーにあるけど。


私がそんなフォローとも言えないことを思っていると
衛士の悲鳴のような問いかけに、モゼ―ラは少し冷静になったらしい。


彼女は、少しだけトーンを落として、それでも噛みつくように
衛士たちに詰め寄った。



「だって、そんなの、まるで囚人みたいじゃないですか!」



衛士は俺に言われても、って感じだろう。



囚人みたいじゃなくて、そのものです。
下手すると、残り一生、この城で飼い殺しです。


とか言ったら余計怒るんだろうなあ……。



それが分かるだけに、私は苦笑するしか出来ない。



モゼ―ラは、今度はそんな私に詰め寄り、真剣な目で問うてくる。



「レハト様はこれで宜しいんですか?
納得されてるんですか?」



宜しいか……納得されてるか……。
そんなの決まってる。


「……いやだよ」


仕方が無いと心では思いつつも、籠の鳥に徹するには、ここは敵が多すぎる。
誰も彼もが味方ではなく、自室以外では気を張り詰めていないといけない。
そんな場で、誰が飼われ続けたいと望むのか。


「そうですよね……。それが当たり前です」


大きく頷くと、モゼ―ラは何か考えるように沈黙し、
ゆったりと瞬きをした後、衛士たちに向かって喋る。


「分かりました、貴方がたもお仕事ですし、ここでごねても
仕方ありません。
行きましょう、レハト様」

「え。あ、うん。……お仕事がんばってね」


グイッと右手をモゼ―ラに引かれながら、衛士たちに手を振る。
衛士たちはどうしたものかと、ぎこちなく手を上げて固まっていた。


モゼ―ラは踵を返し、城の中庭までずんずんと歩いた後、
ようやく手を解放してくれた。


じっと見上げると、視線に合う様にモゼ―ラが少ししゃがんでくれる。



「レハト様、今日のところは諦めましょう。
でも、こんなこと、止めてもらいますから」



モゼ―ラの後ろに炎が見える。燃えてる燃えてる。



「…………ん。ほんとに、そうなったら良いね」



申し出は凄くありがたい。
声を張り上げ無くては、そんな声があるのだと知らせることは出来ない。
きっとそうはならないと知っていても。



「大丈夫ですよ」


安心させるように笑うモゼ―ラに、私も安心させるように笑った。









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