正門での邂逅





青の月白の週。


新しい月になったというのに、やる気が出ない。


特に、勉強はからっきし。
勉強をメインにやろうとしていたのに、全然身になった気がしなかった。


かわりに、気分転換でやった武勇だけが上達したけども。




「……はぁ……」



中日には、ヴァイルがまた褒めてくれた。
ずるいぞーと言われたけど、正直、私はヴァイルの方が、ずるいぞーって気分だ。


話とか上手く出来てずるいぞー。
ダンスとか出来て羨ましいぞー。


「一応、頑張ってはいるんだけどなぁ……」



一応だけじゃ駄目なんだろうか。


青い空を見上げながら、ぽつりと呟く。


結構な広さを有している屋上は、私以外誰もいない。
この間は、サニャとここで鉢合わせて、お互いの村について語ったりしたんだけどなぁ。


いまは、鳥がたまにこちらを覗き込みに来るぐらいだ。
誰かくれば、鳥が先に飛び立つだろう。


そう思って、再びゴロリと屋上の床に横になった。



村では、大人たちは私と母を嫌ってたけど、子どもたちからは
頼りにされていた。


編み物や、縫物の上手い母。
私は、力仕事が得意ではあったけど、母に習って一通り出来るのは、
子どもたちの中だけで無く、大人たちの中でも凄いことだった。


そして私には、習ったことは無くても、日本に生きていた頃の基礎知識がある。
村には、居心地が悪くても居る意味があった。


ハーブや、薬草を配合して薬を作ることもしていたし、
石鹸や油、味噌のような物も作ったし、便利になりそうな道具も
見よう見まねで作ったりしてた。


帰れるならば、また必要とされるだろうか。



そこまで思ってから、ざわざわとした声が近くで聞こえ始めたことに
違和感を持って、首を傾げる。



「あ……そっか、今日は市があるんだっけ」




下を覗きこめば、色とりどりの布が張られ、
人々が待ちかねたようにその布の下にある店々を見に歩く。


少しだけそれを異世界のことのように見下しながら、
市にでも行って、気分を変えようかと自分に問う。



「なんだかなー……」




最近、部屋でウダウダしていると、サニャが困った顔をする。
そして、一生懸命、励まそうとしてくれる。
大丈夫でございますよ。誰にでも、失敗することはございますですよ、と。


嬉しいのに、嬉しいのに結果が伴わない自分が情けない。


ローニカは何も言わず微笑むだけなんだけど、
どう思っているんだろう。
情けない主人だ、失敗ばかりして格好悪いと思っていなければ良いのだけど。


そうやって疑う自分も許せない。



なんて器量が狭いんだろう。
彼らは、私の為に力を尽くして、心を尽くしてくれてるのに。



同じ部屋にいると八つ当たりをしてしまいそうだった。




だから、休みの日にかこつけて部屋を出てみたけれど、行く当てもなく、
こうして屋上で、ダラダラしている。



図書室に寄る気は起きなかった。
本を開いても、最初の頃のようにミミズがのたくったように見えるから、
これは駄目だと早々に諦めた。

リリアノやヴァイルにも会いづらい。
彼らはあの場にいて、私がどうだったか知ってる。
中日に会ったヴァイルは、気にすんな!と軽く肩を叩いてくれて、凄く嬉しかったけど
それに応えられるものが無くてつらい。



「……とりあえず、下に降りてみようかな」


ぽつりと自分に言い聞かせるように言って、私は喧騒の中に行くことにした。








中庭は、市の為に人ごみでごったがえしている。
太陽の元で商売している者もいれば、建物から布を引っ張って
店を開いている者もいる。


「……はぁ」


何だか、買物って気分でも無い。


あっちこっちの品物が全て灰色のように見える。
綺麗だな、とか可愛いなとは思うのに、頭を心がついていかない。
やたら高いなーと現実感のある感想だけはしっかり持ったけど。


いっそ『ここにあるもの全て下さい!』とかって言ってみようか。


夢の光景だ。
とりあえず、端から端まで、ていう。パンが無ければお菓子を食べれば?みたいな。

今の私なら、出来なくはない。
私自身のお金じゃないけど、欲しいと望めば貰えるかもしれない。
リリアノに凄い迷惑かかるけど。



「……だめだめ。馬鹿なことはしない」



首を振って苦笑いを浮かべた。迷惑かけたい訳じゃない。
そう思って、中庭を突っ切って歩く。


ここから、あそこまで。
城の中から、門、そしてその先に見える橋。
どこまでが私の行ける場所だろう。


そんなことを思いながら、門まで来てしまった。


衛士たちが、チラっと私を見て気にしているのが分かる。


「おい、アレ……継承者様じゃ」
「……ああ」
「…………」

こそこそっと聞こえた声は、私が印持ちだと分かっている声だ。
完璧、目をつけられてる。じーっと見られてる。こんな中で、抜け出すのは無理だろう。


ちぇ。
ちょっと橋の先ぐらいまでお散歩させてくれたって良いのに。


目立つのかな。私って。



一応、額の印は隠しているんだけどなぁ。
こっそり抜け出すには、大人の姿じゃないと無理かもしれない。


そんなことを思っていたら、
視界の端でどこか田舎を思わせる雰囲気のおっちゃんと、衛士が揉め始めた。


「だから、許可がないと市には出られないよ」
「そんなこと言ったって、今更どうすりゃいいんだい」
「城下で売れば良いだろうが」


おっちゃんは、商人らしい。
大きなリュックから、品物を一つ出して衛士に付き付けている。


「是非に王様方にって、預かってきたんだよ。城内でも市があるって聞いてさ」
「帰った帰った。ねばっても通さないからな」


衛士が少し困った顔をしながらも、職務を果たそうと眉を吊り上げる。
腕を組んで、威嚇するような様におっちゃんは少し残念そうにしながらも、まだ粘る。


「認可って奴をもらえばいいのかね?」


商魂たくましいな。
いや、そうでなくては生きていけないのかもしれない。

おっちゃんの様子は、どうもても田舎から出てきた善良そうな村人その一って感じだ。
衛士も、その必死さとおっちゃんの様子に、
どうしたものかと少し口調を弱めた。


「そりゃ良いが、取るのに何ヶ月も必要だぞ」

「何だい、そりゃあ。
とにかく見てくれよ、上等の品なんだから」


ふんっと鼻息も荒く、おっちゃんが商品を差しだしている。
果実酒か。……あのラベルは見たことがある。
村の近くで醸造されていた種類だ。


幼なじみでいじめっ子のユアンの父がそこで働いているとかで、何度も自慢された。
ユアンもそこに働きに出たとかじゃなかったっけ。


「あの……」


思わず呼び止めてみると、衛士がこちらを見て真面目な顔になった。



「……レハト様、お戻りください」


私をひき止めようとする衛士の影から、ひょこっとおっちゃんが顔を出す。
それに目を瞬いていると、おっちゃんは私と衛士の様子を見て
こちらの身分が上だと判断したらしい。


「何だい、偉い人かい。
なあ、あんたからも掛けあってくれよ、これやるからさ」

「え。あ、え……」


ぽんっと軽い調子で陶器の瓶が私に押し付けられる。
衛士のお兄さんがポカンとして、止める間も無い早業だった。
って、そうじゃなくて。
私は、村の名前を出してみる。


「へ? ああ、確かにそりゃ近くの村の名ですけど。それがどうしたんで?」
「……ううん。ありがとう」


返事を返して笑う。
久々に村と交流したような気がしたから。
そんな私に何かを問おうというのか、おっちゃんが口を開きかけ


「こら、いい加減にしろ!これ以上留まるつもりなら、
お前の行き場所は市じゃ無くて牢になるぞ!」


業務が進まないことに苛々し始めた衛士が、それを怒鳴りつけた。
おっちゃんは、そんなに怒鳴らなくても……とブツブツ言いながらも
さすがにもうごねることはしなかった。

慌てた様子で鹿車を反転させて去っていく。



それを見送って、瓶をくるくると回す。
一度だけ、こっそり飲ませて貰った果実酒。そのラベルをそっと指先でなぞる。


ユアンは、リファは、元気だろうか。


確か、ヤギの乳の出が悪いとか言って無かったっけ。
この時期に生える草と、乾燥させた薬味を一緒に取らせれば良いと教えたはずだけど、
ちゃんとやってるだろうか。

鹿車に引かせる木車が調子悪いとかも言ってた気がする。

リファは繊細そうに見えて大雑把だから、
ノコギリで手を切ったりしてないかな。心配だ。


「……懐かしい」


たった一月でそんなことを思う私は、郷愁の念が強すぎるんだろうか。
あの村に居た時は、出て行きたくて仕方ない日もあったのに。


村はどこにあるのだろう。
この橋を渡って、ずっとずっと遠く。
ここからじゃ、いつも見えてたあの大きな壁も見えない。


「…………」


喧騒のただ中にあるのに、今は誰も私を気にしない。
いや、気には、されてる。
時々、門から出ていかないかと衛士の目がこちらを見るのが分かる。


……逃げたりしないよ。



本当は、帰る場所なんて、ありはしない。
分かってるんだ。ちゃんと。



村は、リファは、ユアンは、私を必要としない。
印があると分かった時点で、彼らと共には歩めない。


「…………」

誰も私なんか……。


風がハタハタと私の髪をなぶる。額隠しの為の布がずれそうになって、
少し抑えていると、カツンと誰かの足音がした。



「……ん? 
いや、見慣れぬ間抜け面がいると思えば。
どうした、こんなところに突っ立って」



低く嗤う声。
郷愁の念を去る様に、息を少し吸ってから振り返る。

見上げれば、ここ1月ですっかり見慣れた顔。



「……タナッセ」


青い短髪に青い目。緑の上着。首元を称えるようにした布。
青い肩布を垂らし、いつものように彼はそこにいる。


「いくら眺めていても、お前はここから出してはもらえんぞ。
その足りない頭を少しは働かせてみろ」

「…………」


そんなもの知っている。

どうして、この男は、一々、分かりきったことを言いに来るんだろう。
ゲームで言われていたのと、実際目にするのでは大違いだ。
イライラしてしょうがない。


「喜んでおけ、不相応な生活が出来るのだからな。
それとも何か、お似合いの故郷に帰りたいのか?」


帰りたいか?だって。
……ばかじゃないのか。こいつは。


何故、そんなことを聞く。

それが私にとって、どれだけ渇望しても得れないことだと知っているくせに。
印などあるが為に。
村人そのいちで良かったのに。


ああ。嫌だ。
こいつに弱みを見せるのは、嫌だ。どうせ、またそれで馬鹿にするんだ。
帰りたいなんて言ったら何を言われるか分からない。
だから、私は瞬きをした後、


「帰りたくない」


彼を真似て、半眼で吐き捨てた。


彼はそんな私の様子をじっと見つめ、眉根を寄せてから口元を歪める。
タネの分かった手品を延々解説されたかのような、不愉快そうな顔で。


「はっ。なるほど、本気で王になれるとでも思っているのか?
あまりに滑稽で哀れ過ぎる。
愚かさを形にしたら、きっとお前の顔にそっくりだろうよ」


「…………」


うざい。うざいうざいうざい。
どうしてこいつは、私の痛い所をつくのだろう。
どうしていつもいつも突っかかって来るんだろう。

印が欲しいだけなら、印が憎いだけなら、放っておけばいいのに。


ギリッと歯を食いしばって睨めば、
タナッセはニィと満足気に嗤うのだから始末に悪い。



「うわ言を抜かす前に、まずは自分の顔を湖に映して良く見てくるが良いさ。
そのまま沈んでもらっても、一向に構わぬぞ。
その方が皆が喜ぶだろうさ」


「…………」


タナッセはふんっと鼻息を一つして、チラリと私の手に持つ瓶に目を止めた。
少しだけ眉根が寄るのを見てから、盗られないようにギュッと胸に抱きとめる。


「…………」

じっと見ていると、タナッセは不快そうにこちらを見下ろしてきた。


「くだらん物を持っているな。そんな物を持って何になる?
……ああ、ここから出るのに失敗した際の言い訳か。
酔ってしたことならば許されるという免罪符にでも使うか」


クツクツと楽しそうに嗤う。
目はちっとも笑っていないのに、口元だけ器用に。


私のことは良い。その通りだ。

悔しいけど、全部当たってる。
こいつに言い返せる程の材料も無い。


さっきの問いにしたって、きっと顔に全部描いてあったのだろう。
帰りたいと。帰れないと。
無駄に察しの良いタナッセに、バレないわけがないのだ。


タナッセを見ていると、言い訳だらけの自分を見ているようで、
イライラしてしまう。
だから、その八つ当たりのような怒りのままに彼に言わないように
無言を通していたけれど。



でも、村を。
好きだった人達が作ったかも知れないものを
彼に悪く言われるのは、我慢がならなかった。


真っ直ぐ見据えて、低く、出来るだけ低くなるように
声を出す。



「タナッセのくせに、馬鹿にするな」



怒りのまま言って、その場を後にした。





背後でタナッセが何かキィキィと喚いていたようだったけど、
そんなの知らない。

あんな奴に。
あんな奴に馬鹿にされる程度の人間で終わるものか。


ふつふつとわき出た怒りのままに、私は部屋に戻って勉強をするのだった。








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