初めての舞踏会






緑月黒の週。


魅力と武勇に力を注いでみた。
剣は中々、最近それなりになったんじゃないかと思う。


5日には、ヴァイルにも褒められたほどだ。


中々良いんじゃないの。私。




「今週は、舞踏会がありますです」
「……舞踏会」



朝の給仕を手伝ってくれたサニャと部屋に戻る道すがら、
最近、妙に華やかな人を見かけると言えばこう答えが返ってきた。



「1月に一回の催しですし、皆さんお洋服を新しくお仕立て直されたりするんです。
だから、衣装係は今が一番忙しいかもしれないですよー」

「あー……そっか。なるほど」


やけにざわざわしているなとは思っていたけど、
それが何なのか分からなかったので、ようやく胸のつかえが取れる。



「……舞踏会か……」



出るべきなのかな。


詩についてだけなら、何とか喋れそうだけど。
もし、それが駄目でも、最近、武勇訓練頑張ってるんだから、
ダンスで誤魔化せないかな。








「よし、出よう」

「…………。舞踏会、でございますか?」



緑月黒の週10日。
広間で朝ごはんを食べながら決断した私を見て、
ローニカが驚いた表情をした。


あ、あれ。駄目だった?


1月頑張ったのだから、そろそろ結果が欲しいなぁと思ったんだけど。
そう見上げると、ローニカは眉を下げたまま、
そういうわけではございませんが、と心配そうに呟く。


「どうしても、好奇の目というものがござます。
いつかは出なくてはなりませんが……」


「……うん。出来るだけ早い方がダメージ少ないかなって思って」


期待させればさせるほど、完璧な王候補を求めてくるだろう。
ならば、今の私を見せてしまえば良いのかもしれない。



「…………。左様ですか。
では、舞踏会用の衣装をお持ちいたしますので……」


去ろうとするローニカを引き止める。

もう食後のお茶一杯だけだし、私が行くからと。
そもそも衣装部屋には、
本人である私が行かないと寸法も何もあったものじゃ無い。



「ローニカ、私が行かないと。
サイズとか、ドレスのあれこれとか……衣装係の人に任せると
とんでもないのにされちゃうから」


「……ああ、そうですね。豪華なお召し物のレハト様も
中々よろしいと思いますが」



冗談だと分かる口調でローニカが言う。


「嫌だよ。そんな悪目立ちするの」


肩をすくめれば、ローニカも楽しそうに微笑んだ。


衣装係の人に遊ばれたのはつい最近だ。
侍従二人に見せたところ、洗礼を受けたなぁと、ほやほや笑われるにとどまった。


あれは、ゴテゴテしすぎてて、頭が重かった。
首も痛かった。
足も、クツがお洒落すぎてて長時間は持たないだろうと思えた。



「舞踏会ってどれぐらいの時間やってるの?」

「そうですね。日の沈む頃に始まり、大体、月が真上に行く頃
ぽつりぽつりと人が減っていくような具合です」

「なるほど……」



大体、夜6時から12時ぐらいか。



「御馳走様でした。
あ、とりあえず、寸法の合った服が無いか、聞いて来るね。
もし裾上げとかあるなら、その場でやってもらうから」



私が食べた食器を片づけながら、ローニカが頷く。
手伝おうかとも思ったけど、やんわりと手で制されてしまった。



「お気持ちは嬉しいですが、これは私めの仕事ですので。
……では、レハト様、後ほど衣装部屋の方にお迎えにあがります」


「うん。あ、あんまり早く来ても暇かもしれないから、
ゆっくりで良いからね」


寸法を図ると言って、衣装係の人達は遊ぶ傾向がある。
いつまでも着せ替え人形にされる羽目になる可能性もあるから、
その間、ローニカの仕事の邪魔をするのは気が引ける。


「……ええ」


ふふっと笑うローニカを背後に残し、私は衣装部屋に急いだ。









衣装部屋は、相変わらずキラキラしている。
香水の匂いと花のような、化粧用品の匂いが混ざった少し独特の匂いが立ち込め
何着もあるドレスやタキシードのような服が並ぶ。

着せ替え用の人形が作りかけらしきドレスを斜めに着ていて
もうすぐ完成なのだろうなと思わせる。

奥の方には、布が一杯敷き詰められた部屋もあると
この間入って知っている。



「こんにちはー」


声を掛けながら、部屋に一歩足を踏み入れて。




「おや」

「げっ」



またか。
またなのか。


そろそろタナッセ撃退水性リキッドとか、タナッセほいほいとか、
何かそういうアイテムが欲しくなって来た。



何故いる。
タナッセ・ランテ=ヨアマキス。




私の後をつけてるのか、こいつは。
いや、良く考えたらいるポイントに私が向かってるのか。



って、一々こいつの行動なんか覚えてないよ!



頭を抱えそうになっている私の前で、目を見開いたタナッセは
この間とは違い、堂々としたものだ。


面倒そうな私の姿を見ると、小馬鹿にしたように笑みを浮かべ、
長い足を動かしてこちらに近づいて来た。


「本日の舞踏会には出ないのだろう。
ここに何の用だ」


「…………」


何で出ないと決めつけて掛っているんだ、こいつは。
無視だ無視。


ため息を零して、辺りを見回す。
衣装係は出払っているのか、見える範囲にその姿が無い。
運が悪い。



「見た目だけでも、はったりを利かせようとの魂胆かな、継承者殿。
なかなか賢いじゃないか。
見た目だけで判断する阿呆はわんさといる」



無視を決め込んでいれば、彼も慣れたものなのか
眉を引き上げながら冷たく言い募る。



「それに、継承者殿にみずぼらしい格好をされていては、
この国の沽券に関わってくるしな」



どーでも良いくせに。
この国の沽券なんて、この男にとって薄っぺらい理由だ。
ただ単に、馬鹿にしたいだけだろう。


無視だ、無視。

そう思ってはいても、じろじろと不躾に見てくる彼の目線。


こんな嫌味馬鹿でも、一応男性だ。
一般的に、どう見られているのかというのが気にならないと言えば嘘になる。



「とはいえ、生かす素材がなければ、余計にみずぼらしくなるばかりだが。
さてさて……」



チラリと見れば、目が合う。
一瞬だけ目が見開かれたものの、直ぐに逸らされてしまう。



「……はっ」


……は?
鼻で。

こいつ、鼻で笑いやがった。



「いやなに、無駄な努力も続ければ実になるかもしれんぞ。
望み薄だが」



「…………ッ!」


パシンッ。


気付いた時には、大きく振りかぶって、その綺麗な頬を叩いていた。
人を叩いたのなんて初めてだ。
右手がじんじんと熱い。

一瞬、目の前が真っ赤になって、ゆっくり視界が戻っていく。
タナッセの綺麗な顔の左頬が、赤くなっていた。


痛そうだ。
やり過ぎだったかもしれない。



謝らなくてはいけない。
そう思っても、喉が張り付いたように言葉が出ない。


ただただ、そのモミジのように彼についた手痕を見つめる。



「…………。
やれやれ。単純極まりない。手を上げてくるか」


そっと、彼は自分の頬をさする様にしてから、
私を見下して目を細めた。


「殴って何になる。殴れば黙る輩ばかりではないぞ」


パシンッ!


急に左頬が熱くなる。
何が起きたかは明確だ。彼が私の頬を叩いた。それだけだ。


「……ほら、お前は黙るのか?」

「さいッ!うるさい、陰険野郎!」



何故か泣きそうな気分になった。それでも、こいつの前で泣くのは嫌だ。
後で何を言われるか分かった物じゃない。
ギリリと歯を食いしばって睨む。


だから、そうとう恨んでいるように見えたかもしれない。



つまらなさそうにタナッセは、私を一瞥すると
肩を竦めるような仕草をする。



「大体、このような行いは、上から下にするものと決まっている。
覚えておけ」



ニヤリと勝ち誇った笑みで、立ちさるタナッセを
がるるるるるっと犬のように犬歯を見せて見送った。









舞踏会の衣装は何とかあり合わせで間に合った。


女性寄りか男性寄りかと言えば、男性寄りだろうか。
フリフリの腕の裾と、首回り。
アクセサリーが、女性的な気もするから、中性的と言えば良いのか。



来る前に、ローニカから古参どもが手ぐすねを引いて待っているから
気をつけろと言われてはいたものの、
目立たないように……とはいかなかった。


リリアノがわざわざ紹介してたために、
一部の人達だけでなく、他の人達も周知の事実となったからだ。




「……リリアノ」


ちょっと恨みがましい目でリリアノを見ると、クスリと微笑まれる。


「さてとレハトよ、魔物の巣穴に踏み込んできたか。
城で暮らす以上、何れは避けられぬことだがな。
王になりたくば、せいぜい顔を売っておけ。彼らの協力なしでは、国は動かん」


「…………」


どうなのだろう。
王に……なりたいのか否か。


その答えを言う前に、リリアノは誰かに声を掛けられたらしく
チラリと私を振りかえって言葉を残す。


「まあ適当に楽しむが良い。ではな」


適当に、で楽しめるかーーー!




ぎくしゃくと、手を振ってそれを見送る。
彼女はすっかり人々の輪の中心となって、手が届かない。
……ああ。


辺りを見回して、もう一人頼りになりそうなヴァイルを見つける。
そちらも、紳士二人と楽しそうに会話をしている。
……うう。


助けて貰えそうな雰囲気は無い。当たり前だけど。
自分で何とかするしかないんだ。



誰かに話しかけなきゃと思って居れば、丸々と太った男性が
にこにこと話しかけてきてくれた。


「やあやあ、寵愛者殿。ご機嫌麗しゅう」
「あ、いえ。こんばんは」
「良い夜ですな」
「はい。最近は、えっと。とても温かい日が続きますね」


彼がニコニコしていてくれるから、何とかいつも通りに
無難に答えて、世間話をする。
一通り話せた、と安心した所で彼は他の人に呼ばれて去って行った。



「はぁ……良かった。何とかなった」


安心した所で、トントンと肩を叩かれた。

見上げるといかめしい顔つきの男性。
背の高さと言い、妙な威圧感といい、結構こわい。



「あ、えっと、こんばんは」
「こんばんは」
「…………」
「…………」



ええええええ。
ちょ……どうしよう!これどうしたら良いの。


いかめしい顔つきの人なんだから、武勇の話とか振れば良いのかな?
そう思って、口に出してみるも
私の浅い経験なんて直ぐに話の種も尽きる。


全然弾まない。
相手もつまらなそうにしている。


ああああああ。



慌てた私は、どうも地雷らしき話題を振ってしまったらしい。
彼は「そうは思いませんが」と一言告げ、明らかにむっとした様子で
話を打ち切ってしまった。


……や、やってしまった……。



どうしよう。怒らせちゃったか。
チラっと男性が去った方向を見たけど、もう彼の姿は無い。
謝ろうにも、どう謝ったものか。



そんなことを思ってへこんでいれば、カツンっと誰かの足が目の前に立った。
あ、顔を上げなきゃ失礼になる。
バッとにこやかに笑みを浮かべて顔を上げて。


「……げっ」


思わず、カエルか何かかと言われそうな声が出た。


またか。また遭遇するのか。
うへぇ。

でも、私だけでなく、相手も同じことを思ったらしい。
私の反応に、目を眇めて嫌そうに口を開く。


「おい。貴様は人の顔を見て、その言葉しか言えんのか。
まったく、下品な。
いい加減、その醜い顔をする癖を改めねば、
只でさえ見苦しい顔が、よりみっともない顔になりかねん」



何でいるんだ、タナッセ。



……いや、居ちゃいけないわけじゃないけど。
どうして、こう私が落ち込んでるとこいつは現れるんだろう。


眉間に皺が寄りかけたので、グイグイと手で直す。
口元にも笑みを浮かべる為に両手で持ち上げていると、目の前の人物は
呆れかえった様子でため息をついている。


なんなんだ、まったく。
ムカッときたまま、私はタナッセに向かって言う。



「放って置いてよ。元からこういう顔だから」



ほんっとイライラする。
直ぐにどうこう出来る話じゃないような所まで、何でこいつは
一々指摘してくるのか。


こいつなんか相手にしないで、他の誰かに話そう。
でも、遠巻きにこちらを見ている人は居ても、進んで関わろうとする人はいない。


更には、話しかけても無視された。



「…………」


へこみそうになるものの、ニヤニヤと笑い顔を崩さないタナッセの前で
それをするのは嫌だ。
ふぅっとため息をついて、何事も無いかのようにジュースを飲む。



「ふん、やはりまともに相手にされていないようだな。
まあ珍獣程度には面白がられているだろうから、安心するがいいぞ」

「……なんだそれ……」



どこが安心だ。
チラリと見上げるタナッセの言葉は、慰めなんだろうか。
良くわからない。



「珍獣なら珍獣なりの身の処し方というものがある。
心得ておくことだ」

「……身の処し方?」


彼の言葉に、少しだけ耳を傾ける。
真っ直ぐ見上げると、タナッセは一度目を開いた後、少し目を逸らした。
それにどういう意味があるかなんて分からないけれど、
これは嫌味を言う前のコースかなと思いつつも、彼の話を聞く。



「どうしてもというならば、お前に相応しい振る舞いというものを
伝授してやってもいいぞ。
私は親切だからな」

「……ドウシテモ」

「何だその感情の籠らない言いようは」


ふんっと鼻をならし、それでも私が望んだのが嬉しいらしい。
嬉々とした笑みを浮かべたタナッセに、私も少しだけ微笑む。


すると、タナッセは、急にギュッと眉をしかめ
先ほどまでの上機嫌はどこにいったのか分からないような目線で呟く。




「素直で良い心がけだな。ならば、教えてやろうか」



冷たく低く。腹の底に響くような淡々とした声。



「最初から、顔を出さないのが一番良い方策だ。
田舎者が馴染めるところではないからな」


「…………」



顔を出すなと。



「分かるか? お前のような奴がおたおたと歩き回っていては、
目障りだと言っているんだ。
顔を売ろうが売るまいが、お前なんぞの価値は変わらん」


「…………」



価値、私の価値。
そんな御大層なものがあっただろうか。


彼の言に込められた真実に、私はじっと彼を見つめる。



「ただ、その額のもののみにあるのだからな。
おとなしく部屋に篭っているがいい。
分かったな」



それだけ言い捨てると、彼は露台の方に歩いて行ってしまう。
追いかけて困らせてやろうかとも思ったけど、そんな気は出せなかった。



聞きたく無かった事実。当たり前のこと。
それをつき付けられて。





その後、折角来たのだからと
色々な人に話しかけてみたり、ダンスに誘ってみたりした。


でも、段々と誰も話しかけてくれなくなる。



ダンスも、最初は数人がお義理で相手してくれたものの、
時間が経つにつれて、誰も相手にしてくれなくなった。



結果は散々。
人の足は踏むは、会話は続かないわ、相手の地雷は踏むわ。



へこんでベッドに突っ伏した私を、ローニカとサニャが
心配そうに見つめていたのは知ってても、それに答える元気は無かった。








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