密かな訓練






はぁ……。
失敗だったかな。



モゼ―ラの意図する裏の意味に気付けずに、
正しいことはイコール正しくはない、なんて言った。


彼女は、きっと
彼のことを思って、あんな話をしたんだろうに。



「……空気読め、自分」



がっくりとうなだれて、手ぶらのまま歩く。
落ち込んでばっかりだ。



「せめて、体でも動かして気分を変えよう」



本を読むことよりも、剣だ。
汗を流せば少しは前向きさも戻るだろう。



そう思って、何の考えも無く鍛練場に向かって。



「うぉおおいマジで何でだよ……」


タナッセいるよタナッセ。
ああ、そうだ。御前試合の裏でこいつ地味に剣の鍛練をしてるんだった。


さあ、帰るか。



そう思って踵を返しかけたというのに、私の声に反応したらしい
馬鹿王子は、慌てた素振りで振り返った。



「……何だ、何でお前がいる」


タナッセは何かを後ろ手に隠すようにして、睨んでくる。
多分、剣だろうけど、隠されるのがムカついた。

見てやれ見てやれ。


顔を傾けて覗きこもうとすれば、タナッセは眦を上げて
冷淡な声を上げる。



「じろじろと鬱陶しい奴だ。
はっ、詮索好きな厭らしいところだけは貴族並みという訳か。
こうしている間にも学ぶべきことはあるのではないか?」


「…………うざー」

「何だ。どういう意味だ」


ちょっと興味を持っただけだというのに、一々嫌味を入れる。
ヴァイルの言う通り、喋る度にこれでは疲れそうだ。


私は肩を竦めるだけでタナッセの質問に答えない。
しばらく私の言葉を待っていたみたいで、
タナッセはさらに機嫌を悪くした様子だった。



「御前試合には行かないのか。
こんなところをうろついていても、どうにもなるまい。
さっさとどこかへ行ってしまえ」


行って欲しいらしい。
はっはっは。


「…………」


無言で私はタナッセを見つめる。
タナッセは、そんな私に眉根を寄せ、
犬でも追い払うかのように手を前後に振る。



「ほら、行け。
行かないのか」


「…………」



ふふふ。妙におかしい。
何だろう。

タナッセが困っている。嫌味を言う訳でもなく、ただただ困っている。
そりゃそうだ。
彼はここで鍛練がしたいのだろうから。


私が居ては邪魔なんだ。

神経質な彼は、私が彼の剣の悪い所を見るのではないかと
気が気でないだろうし、それをネタに言われるのも我慢がならないだろう。

でも、鍛練はしたいし……という葛藤が
この困り様なんだ。


そう思うと、楽しい。


別に言いふらすつもりも無ければ、彼の邪魔をするつもりもなかった。
ただ、偶然来たら居た。
それだけのことなのに、彼は勝手に理由を付属させるんだろうな。


考えれば考えるほど、ここから退く気は無くなる。
口元に笑みすら浮かんできた。



「……ああ、そうか」


私の笑みに、タナッセが気付いたように呟く。
低く唸る様に聞こえた声は、嫌悪感たっぷりで少し怖い。



「そうとも、お前は私の命令に従う理由はないのだものな。
好きに振舞うがいいさ。
お前がここを去らないというのなら、私が去るまでだ」



タナッセはそう言って歩き出す。
ふわりと青い布が揺れるのを綺麗だなと思っていたら、
去り際にまた睨まれた。



「そうやって、我が物顔でのし歩いていればいい」



肩を怒らせて、戻っていってしまう。
呼び止める暇もない。




なんだ。今日はもう嫌味言わないんだ。




別に邪魔したかったわけじゃないのに。
ふーんだ。



じゃあ、私は何がしたかったのかと言われると困るけど。



「……あ」



彼が残したのか、剣が真ん中に落ちている。

誰かが置き忘れたかのようにしたかったのかと思う。
几帳面な彼が、後片付けをしないのは苦渋の決断だろう。



「ばかだなー。ほんと。プライド高すぎ。
分かってるくせに、努力してるとか……ほんとになー」



成果が出ないと分かっててやるなんて、自虐行為だ。
なのに、やらないよりはと鍛練する姿は、馬鹿でしかない。


ばーかばーか。


タナッセが落として行った練習用の剣を拾って、
私はとりあえず体を鍛えることにした。




少しづつでも前に進んでいるはずだ。



タナッセでも出来るんだから、寵愛者たる私が出来ないなんて言わせない。



訳の分からない理屈をこねて自分を納得させると
剣は、こたえるようにキラリと光った。









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