雨の中の追跡





リリアノと神殿で別れた後、特にすることも無かったから
部屋に戻ろうと廊下を歩いていた時だった。




雨は止まないなー。



そうぼんやりと中庭を見つめていると、ガサリと何かが
木と木の間に入って行くのが見えた。

二人組。そして雨。
フードを被っていたようで、相手の人相は良く分からない。
でも、私は確信していた。



……タナッセだ。


思いいたって、ため息をついた。
何でお前は私の進行方向にいつもいつもいるの。



そんなことを思いながら、見つけちゃったんだからと
好奇心一杯でその後を追ってみる。

最近、武勇訓練は結構頑張ってるからそれなりに追いかけられると思うんだけど。



ガサガサガサガサ。


音で気付かれてしまわないように、慎重に慎重に足を運ぶ。
ぬかるみにクツが沁み込んで、気持ち悪い。
ちょっと後悔しそうだ。



「……と、あれ?どこいった?」



足元に一瞬、注意を払ったのがまずかったか。


彼の姿が見当たらない。
まあ、雨の中だし、どうせろくに会話が聞こえないように
ドゥ納豆が遮断してるんだろうし。



そう思って諦めかけた時、視界の端に動くものを見つける。



幹に見え隠れしている影は二つ。
前を歩く小さい影。従う様についていく大きい影。
フードを被っていても雰囲気で分かる。


タナッセとモルだ。



そう思った瞬間、突然大きい方の影がぐるりと振り返った。


「…………っ」



やばい。

そういえば、一回目の遭遇は見つかるんだっけ。



思い出すのが遅い!と自分を叱咤しながら慌てて茂みの後ろにしゃがみこんでみる。
でも、モルは一直線にこちらに来ていて、無駄無駄無駄無駄ーっと
連打されている気分だ。


どうしよう。
逃げた方が良いのだろうか。

前にはフードを被ったムキムキ魔人。
どんどん迫ってくる正確さから言って、時間との勝負だろう。


思った瞬間、既に足は走り出す体勢になっている。
よし、逃げよう。


ガサリと茂みを揺らして飛び出し、来た方へと向かって走り出す。
まるで巨人兵のようなモルの出で立ちにビビって震えた足と
寒さで冷えた体が、上手く機能しなかった。


「……っと、あっ……! ひあんっ」


べっしょん。


濡れた泥に足を取られ、思いっきり顔から泥にスライディングしてしまう。
……ちょっと恥ずかしい悲鳴を上げたような気もするけど、気のせいだ。
そうに違いない。


そんなことを思った時間が命取り。


ひょいっと猫の子でも捕まえるように、襟首を捕まえられて
引っ立てられる。



「あああ。地面地面〜」


じたばたと暴れてみるも、モルは意に返さないらしい。
首がしまって私が苦しいだけに終わる。



ようやく地面に下されたのは、小さい方のフードの前。
見上げれば端正な顔立ちが下に覗く。


いつにも増して不機嫌そうなタナッセがいた。


「……何だ貴様は」


第一声は、予想通り。
それに瞬きして、はっと彼の真似で鼻を鳴らしてみる。
意外とこれ、癖になりそうだ。


「レハトですが。名前も覚えてなかったのかとびっくりしてるなう」


小首を傾げて冗談にしてみる。でも、逆効果だったらしい。
タナッセは、眉を寄せて軽蔑の眼差しで見下ろしてくる。


「……そういうことではない。分かっているのだろう。
おかしな格好をしおって……」


その言葉を肩を竦めるだけで流すと、タナッセは
冷たい目のまま、低く声を出す。

おかしな格好は、この場合、関係無くないっすか。
そう声に出したい所だけど、説教が長くなりそうだから黙っておこう。
みんなしておかしいおかしいと言うが、
中々ナイスなてるてる坊主だと思うんだけどなー。



「人の後をこそこそつけ回すとは、悪趣味も極まっているな。
恥ずかしくならんのか? 
まったく、育ちが知れるというものだ。何でこんな奴に……」



《なんでこんなやつに、『印があるのか』》


そう問いたいのかもしれない。
それをじっと見つめていると、タナッセは一瞬だけ怪訝そうな目をした後、
お決まりの鼻を鳴らして、止める。



「戻るぞ。
風邪でも引かれて、こちらのせいにされてはたまらん」


「え。いや、私、風邪引かないし……」


手をブンブン降ってみるとタナッセの目が半眼に代わり、
呆れかえった様子で相手にしてくれなかった。


「モル」


一言のもとに、大柄なフードの方が私のフードに手を掛け、
ひょいっとまた猫の子のように持っていかれてしまう。


ずしんずしん、そう音がしそうな程、巨大なモルは、
途中から私のお腹を持って歩いてくれる。
どっちにしろ、荷物扱いっぽいけど。



「…………」


無言のままに、城の廊下に下ろされる。
見覚えのある場所だ。いつも通る廊下だろうと見当をつけた。
これはモルの気づかいだろうか。


振り返っても木々があるだけ。
タナッセの姿は既に遠く、どこに彼がいたのかすら分からない。


直ぐに踵を返して
タナッセの元に帰ろうとするモルに、一応声をかける。




「あのさ、モル。
……タナッセを頼むね」


「…………」


ぴたりと止まって振り返り、私を見た彼は、まるでゴルゴサーティンのような表情だ。
ようするに、読めない。何考えてるんだか分かんない。


角ガリのような髪型に、太い眉。髭。
頬骨の出た男らしい顔立ちは、タナッセと真逆で、漢!って感じだ。
ちょっと怖いけど、言わなきゃ伝わらないのだとリリアノも言ってたことだし
と、声に出して告げてみる。


「なんか、やな感じだから。
でも、多分、あなたがタナッセを放ってしまうと、誰もいなくなっちゃうから。
私が言えた義理じゃないけど、守ってあげてね」


「…………」



私が言う必要なんて一切ないのだけど、見上げて言えば
少しだけモルが頷いたように思えた。


……何だろう。凄いな、モル。



その巨体に似合わない素早さで、
直ぐにガサガサと木々の中に入って行ってしまった彼。

きっともう追うことは出来ないだろう。
タナッセが居たから、それに合わせて歩いていただけで、モル単体なら
私なんかに付けられる訳が無い。



もし、タナッセが罪を被るような目に合っても、
彼は側にいるんじゃないだろうか。



そう思うとちょっと羨ましい。




今、私がそんな目に合っても誰も嘆き悲しんでくれたり、
助けることに必死になってくれたりはしないだろう。


サニャやローニカは悲しむかもしれない。ヴァイルも、リリアノも。
でも、彼らは彼らの生活がある。
一時的に悲しんで、それでも1年後には思い出として過ぎされる。
その程度の仲だ。




「あー……天涯孤独ってやーね」




にひっと笑ってその言葉を呟いてみれば、雨音に消されて誰にも聞こえない。




雨の日は、結構弱音を吐くのに良いかもしれない。



そんなことを思いながら、
少しでも何か学ばなきゃと、動く体。



まだ大丈夫。
まだ頑張れる。



そう濡れ鼠になり始めた体を叱咤して部屋に戻った。






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