廻る歯車


「ただいま戻りました、長官!」
「よく戻りましたね」
「……それで、あの、」
「………何かありましたか?」


いつになく口ごもるリンクに中央庁の長官であるルベリエは尋ねかける。リンクははい、と小さく口にした後扉へ視線を投げかけた。
コンコン、とタイミング良く鳴らされたノック音は、静かな部屋によく響いた。ルベリエは一つ間を置き、中へ入るよう促した。


「――失礼します」


初めて聞いたその声は、リンと鳴る鈴のようだとルベリエは思った。
中に入ってきたのは薄い水色の髪をふわりと靡かせた女、というには少し幼い少女だった。背筋をピンと伸ばした姿や一つ一つの動作、全てが“慣れている”。


「……貴方は?」
「初めまして、私は白崎ミナと申します」
「…それで、何故ここに?」


鋭く細められた眼光は迷うことなくミナへ。この人には嘘は通じないだろう、すぐにそう思ったミナはまだリンクにも言っていない事を話すことにした。


「私には、記憶がありません」


唐突に放たれた言葉は、目の前の二人にとっては余程衝撃的だったのだろう。と言ってもまだルベリエはそこまでだが、リンクは違う。彼はここに来るまでに色々と質問したが、そんな事は一言も言わなかったのだ。

ギン、と鋭い眼差しをミナに向けると、ミナは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「それで?」
「……ここに、置いてください」
「ここは生半可な者が来る所じゃないんですよ、お引き取り――」
「戦います」


願えますかな、と続く筈だったルベリエの言葉を遮り強く口先を紡ぐ。
今この少女は何と言った? 戦う? そんな馬鹿な。ルベリエには遮られた事は今では些細な事で、それよりもミナが言った事の方が重要だった。


「ここに来るまでにリンクから聞きました。今の世界の情勢を。人が足りない事も、アクマを倒すにはイノセンスしかないと。――私はこの刀で、アクマを倒しました」


カチャンと前に掲げたのは目覚めてからずっと握っていた刀。
ルベリエは吐き出されたミナの台詞に思わず話すことすら躊躇われた。


「…それは、イノセンス……?」
「イノセンスかどうかは分かりませんが、これでアクマを倒せるのは確かです。それに加えて、私は使えると思いますよ」


このルベリエと言う長官は強く、動く駒を欲しがっている。だからこそミナはそこを突いたのだ。
今のミナには居場所が必要だった。親もいない、家もない。そんな状況にプラスしてアクマという存在は実に厄介なのだ。


「……はぁ、分かりました」
「っ…本当ですか…!?」
「ええ、本当です」
「……っ! ありがとうございます!」
「私はルベリエ・C・マルコム。ここ、中央庁の長官です」
「はい。よろしくお願いします、マルコムさん!」


互いに差し出した手は、互いの手で包まれる。

さあ、物語は動き出した
世界は、くるくる、クルクル
廻り出す