17「ほんま、いつまで経ってもお前は泣き虫やな」 「っ、やだ、やだやだ、お願い、行かないで!」 「俺は、俺らは、もうミナと一緒におられへんねん」 「そんなの知らないっ、ずっと、ずっと一緒にいてくれるって言ったの、真子さんでしょ…!」 「…せやなぁ、約束守れへんくてすまんな」 「謝るくらいなら、側にいてよぉ…!」 「迎えに来たで、ミナ」 散々私を泣かせた貴方は、太陽のような金色の髪を靡かせながらその腕に私を閉じ込めた。 もう二度と離れないように、強く、強く。 「っ、…多い、なぁ…」 ピッと刀に付いた汚れを振り払い、鞘に収める。ミナは一人荒れた地でAKUMAの総滅に追われていた。 半AKUMA化―― まさか、マダラオとテワクまで半AKUMA化していたなんて。はぁ、と震える吐息が零れるが、ミナはふるふると頭を横に振り雑念を追いやった。 「は、ァっ!!」 また出てきたAKUMAを斬る。始解されていない斬魄刀の刀身が、AKUMAの血で染まっていく。 するといきなりビー!ビー!と懐かしい音がその場に響いた。 「…っ、伝令神機が……!」 突然鳴り響いたそれは、虚を知らせる通信機。この世界には虚はいないはずなのに作動したということは、どこかに虚がいるのだろうか。 うだうだ考えていても仕方がない。とりあえず行こう、とミナは瞬歩で伝令神機が指し示す方向――黒の教団の北米支部へと向かった。 そこが今、どんな状況かなんて知らずに。 ――ドンッ!! 見えてきた北米支部が突然爆発した。ミナはさっきよりも急ぎ、やっとのことでたどり着いた。 瓦礫塗れのそこは、この世界に来て初めて目に映した光景によく似ていた。 瓦礫と血、それから沢山の死体が転がっていたその場所で、ミナはリンクに出逢った。それが、全ての始まりだった。 「…なに、これ…」 そこには虚はどこにもいなくて、代わりに科学班の人たちや神田、アレン、それからトクサやルベリエ、さらにはノア達までいた。 「……トクサ…?」 いきなりトクサの体が変化した。まるで、AKUMAのような姿へ。そんなトクサをアレンが条件反射のように襲いかかった。 「私を…、破壊するのですか…?」 「ち、ちがうっ!トクサ!!」 「 トクサの悲鳴混じりの声は、ミナにはよく聞こえた。 すると、視界の端で神田が誰かと戦っているのが見えた。あれは誰だ、と疑問に思うも神田が戦っている事から敵と判断するが、それにしては納得いかない。 今はそれよりも、トクサの元へいかなければ。ミナはグッと拳を握って戦場と化したそこへ降り立った。 「…トクサ」 「っ、…ミナ……!」 「ミナ!? どうしてここに…!?」 驚いた顔をしたのは、トクサとアレンだけではなかった。リーバーやジョニー、ルベリエまでもが驚愕に顔を染めている。 尋ねられた理由なんて言えるわけもなく、ミナは困ったように笑うだけだった。 「…ばか、トクサのばか…!なんで、なんでこんな事になってるの…!」 「ミナ…、早く、お逃げなさい。この場にいたら貴方までもが、」 「トクサを見殺しになんて出来るわけないでしょう!!」 グワッと吠えたミナはキッとトクサを睨みつける。そんなミナに面食らったトクサは思わず押し黙ってしまった。 ミナはスッと刀を鞘から抜き、構える。 「みんな、私の大事な人たちなんだよ。長官も、鴉のみんなも…。私一人で何ができるってわからないけど、でも……、 せめて、護らせてよ」 護りが専門な貴方達。ならそんな貴方達を誰が護るの?私しかいないでしょう? にこり、とまるで初めてルベリエに会った時と同じように、ミナは綺麗に微笑んだ。 「…一つ、聞いてもいい?」 「……なんです?」 「神田さんが戦っているのは、誰?」 「…アルマ=カルマ。私たちの体内にある 「……そう」 誰なのかハッキリし、トクサ達に背を向ける。そして駆け出す直前に、ミナはくるりと振り向いた。 「トクサっ!大好きだよ!」 ふわりと、花のような笑顔を浮かべて。ミナは戦場を駆けて行った。 神田と、アルマの元へと。 「(さっきから…頭に入ってくるこれは…記憶?)」 じわじわとミナの脳内に入り込むのは、先ほど神田とアレン、それからロードが見た神田の記憶だった。 あまりの壮絶さにそっちに気を取られそうになるが、深く深呼吸をして冷静を取り戻す。 「…なんだ。二人ともあんな鬼の形相で戦ってるから、憎み合ってるのかと思った」 ただの、子供の喧嘩じゃん。ふ、とミナの口元が緩く弧を描く。そして、まだ戦っている二人の元へと向かった。 ―――だが、 「ト、クサ…?…っトクサ!!!」 突然トクサが暴れ出した事に気付き、急いで足を止める。ミナの呼ぶ声が聞こえないのか、トクサは何の反応も示さない。 「まさか、マダラオ達も……っ、トクサ!しっかりして!トクサ!!」 トクサの近くに寄ったミナは、必死にトクサを呼びかける。もうその肌の色は元の色をしておらず、目も朧げだ。だけど、彼は確かにトクサだ。 「や、だ!やだやだ、トクサ、しっかりして!のまれないで!トクサ!!」 そんなミナの叫び声に気づいたトクサは、目だけでミナを見つめる。やっと反応してくれたトクサにホッとしたように笑ったミナだが、 「…キミだれぇ?」 まるで、アルマのような喋り方で、トクサはそう言ってのけた。サッと青ざめたミナは、ただ呆然とすることしかできない。そんなミナをトクサの体に移植されたAKUMAが掴みかかってこようとしてきた。 「ミナ!!」 ルベリエの声が、ほんの微かに聞こえた。 「…破道の五十四 円盤状の炎が迫ってきていたAKUMAの手を焼き尽くした。その隙をついてミナは瞬歩でトクサから離れる。 思い出すのは、海燕のこと。 「海燕は、言っていた。『おかげで、心は此処に置いていける』と」 海燕が死んだ後、ミナは死ぬほど泣いた。 平子達もいなくなり、悲しみで塞ぎこもっていた時に何度も何度もめげずに話しかけてくれたのが、海燕だったのだ。 最初は邪険に扱い、無視し、酷い時は斬りかかろうとしたことさえあった。なのに、海燕は諦めずに1日に一度はミナに会いに行った。 「…私は何一つ、海燕に返すことができなかった。…けれど、海燕は…ルキアに斬られた後に駆けつけた私に、心を、誇りを預けてくれた。 だから私は、今ここで死ぬわけにはいかないの。死ぬときは、私も誇りを守るために死にたい。あの人を、 平子隊長のために、この命はあるのだから」 ゴウッ!と炎が燃え上がる。いつの間にかミナは斬魄刀を始解していて、チリチリと焼け付くような音もする。 カチャ…、と炎珠を構えたミナは、トクサへ微笑みかける。 「大好きだよ、トクサ」 もう一度、さっきと同じ言葉を口にして、 ミナはトクサへ斬りかかった。 |