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「(そういえば…ウォーカーさんから虚にも似た気配を感じた…)」



ミナは廊下を歩きながらぼんやりとそんな事を考えていた。一瞬だけしか感じなかったが、確かにあれは何か邪悪なものだった。



「あ、というかウォーカーさんが帰って来てるならハワードも帰ってきてるはず…。てかいつの間に帰って来てたんだろう?」



会いに行こう!ミナは足取り軽くとたとたとリンクを探し始めた。


やがて修練場付近までやって来たミナの耳に何かが激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。誰かが組手やってるのかな?とひょこっと覗くと、案の定沢山の人達が集まっていた。

皆見るからにボロボロで、今はブックマンと神田が組みあっていた。そこから少し離れた所ではアレンとマリの姿もある。二人は仲良くお茶を飲んでるようだ。



「(ここなら誰かハワードの居場所知ってるかも…)」



どうせならまずはウォーカーさんに聞こう、とミナの足はアレンとマリの元へ。するとマリが不意打ちでアレンを突き飛ばした。勿論の事ながらアレンは構えてすらいなかったわけで、簡単に吹き飛ばされてしまった。

壁にでもぶつかるかと思いきや、アレンは通りすがりの人にぶつかってしまった。その姿を見た瞬間、ミナは目を丸く見開いた。



「きっ、汚いですよマリ!!」



アレンは謝ることすら忘れ、マリへの怒りを露わにしている。実はすぐそばにいたリンクはハッと目を見開き、慌ててアレンの名前を呼ぶが、



「ん?わっ、すみません!」



アレンはやっと自分の状況に気づき、体制を整えようと自分の体を抱え込んでいる男の手に自身の左手を重ねた。

――次の瞬間、アレンの体はいとも簡単に柱へとぶつけられた。


勝手にイノセンスが発動した姿で。



「なんだよ…っ、突然…。ぐ……っ」



ふらっとふらつき、ズキリと傷む頭に手を当てる。ドサっと落ちたアレンの元へ急いで駆けつけたマリは頭の調子を見る。


その一部始終を、ミナは信じられないとでも言いたげな目で眺めていた。



「何してる、ゴウシ」

「ち…、副作用だ。イノセンスに反応して発動した…っ」



ゴウシ、と呼ばれた男の左腕は、人のものとは思えない形をしていた。


そんな彼らに反応した左眼に気を取られていたアレンの前に立ったのは、ミナが探していた人物――リンクだった。



「なんのマネだ、ゴウシ。アレン・ウォーカーは今私の任務対象だぞ。なんの理由があって「鴉」のお前たちが彼に手を出す!?」



厳格な顔で咎めるリンクの言葉に小さく反応したのはアレン。どうやら“鴉”に反応したらしい。



「「ハワード・リンク監査官」か」

「発動を解け、ゴウシ」

「着任早々マダラオの説教くう気か」



仲間に言われた言葉に、ゴウシは素直に左腕を元に戻した。それによってアレンの左眼も治まる。

そこへわらわらと集まって来たのは先ほどまで組手をしていた者たち。「来んの遅っ!」とアレンは顔を歪めるが、知らんぷりをするのがラビ達だ。



「なんさ、こいつら?」

「失礼しました、アレン・ウォーカー。


我らは人体生成により半AKUMA化した者ゆえ、イノセンスを受け付けぬのです。何卒ご容赦を」



そう言い放った男達――トクサ、キレドリ、ゴウシの表情は、ミナの知らないものだった。



「半、AKUMA化だと…」



リンクは冷や汗を頬に伝わせながら呟く。すると、それよりも小さな声がその場に響いた。



「トクサ、…キレドリ、ゴウシ……」



その声に反応したのは名前を呼ばれた三人だけではなかった。リンクも、アレンも、ラビ達もだった。



「……ミナ…」



震える唇でミナの名前を紡いだトクサは、幻でも見ている気分だった。


ミナには、どうしても会いたくなかった。こんな形で、ミナと再会したくなかった。それが三人の想いだ。



「どうして、ここに…。しかも今の…半AKUMA化って何……!なんで、なんでそんな事になってるのさ…!」

「ミナ、これは、」
「どうしてよぉ…!」



ドンッ、とトクサの胸を拳で叩く。カタカタと斬魄刀が疼くのは、目の前の人達が半分AKUMAだから。斬りたいと、刀が、杏樹が、叫んでいる。



「…すまない」



たった一言。それだけ言ったトクサはキレドリとゴウシを連れて去って行った。やがて見えなくなった三人に、ミナはぺたりと座り込んでしまう。足に力が入らないのだ。

そんなミナの元へ、リンクが駆け寄る。



「ミナ!」

「…ハワード、……あれは…何?」



貴方達は、長官は一体何をしたの?

何も、一人だけ何も知らされていないミナは、呆然としたように問いかける。



「半AKUMA化って…どういうこと…!」



何も知らないのが、一番怖い。

それはミナが何よりも一番よく知っていた事だった。何も知らない100年間、藍染と共に過ごしたあの日々。誰よりも何よりも大切だった平子達を虚化させたのは、その藍染だというのに。



「人を、別の悪しきものに変える…。この意味がわかってるの!?」



ガッとリンクの胸倉を掴み、吠える。その様子をアレン達は驚いた顔で見ていた。無理もない。アレン達にとってみればミナも中央庁の人間の一人なのだから。

そんなミナが、リンクに、ルベリエの一番近い腹心に向かって怒鳴っている。

怒りを、露わにして。



「…長官が、決められた事です」

「じゃあどうして止めなかったの!っどうして…リスクを考えないの…」



するりとリンクの胸倉からミナの手が離れる。力が抜けたようにだらりと落ちたミナの腕は、それから動く様子はない。



「……ミナ、何事にもリスクは付き物です」



それさえも、覚悟の上だ。リンクの言葉にはその意味が隠されていた。それに気づかないミナではない。



「…もう、わからないよ……」



諦めたような声色は、ズキリとリンクの心を痛めた。