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ぐー、すぴー、と見張り人は呑気に眠っていた。しかしすぐに飛び起き、即座にそこにはいないルベリエに向かって謝った。



「クロス元帥ちゃんといるか?」

「今確かめるっ。元帥?よろしいでしょうか?」



ドア越しに呼びかけても、何の応答もない。最悪の展開を想像した見張り人は確認のため、ドアを開けることに。



「失礼!! 元帥?いらっしゃいま……」



一人が中をそっと覗く。中には確かにクロスはいたが、血塗れで窓に寄りかかっていた。

遠目から見た限りだと、死んでいる。

覗いた見張り人はすぐにドアを閉めて、「いなかった?」と涙ぐみながら聞いてくるもう一人の見張り人に、吃りながらルベリエを呼んでくるように頼む。

頼まれた本人は中にクロスがいなかったと誤認してしまい、先に探した方がいいと言うが、それをばっさりと切り捨てて大声で怒鳴った。


――カシャン


すると、突然聴こえた物音に思い切りドアを開け、持っていた銃を構える。けれど――



「なに…!?」



窓ガラスは割られて、そこに寄りかかっていたクロスの姿は――何処にもなかった。

そこに残された物は、ただ一つ。


――クロスのイノセンス、断罪者ジャッジメントだけだった。




この日以来クロス・マリアンの
姿を見た者は誰もいない














クロスと話して以来、と言うべきなのか。あれからミナは必要最低限に外との接触を取らないようにしていた。

だからルベリエにも会っていなければ、勿論アレン達にも会っていない。そうすると必然的にリンクにも。



「(私の予想が正しければ…)」



あの日、クロスは断罪者をミナに触らせた。その意図をクロスは一言も告げなかったけれど、彼の性格上考えてみればなんてことはない。すぐに一つの可能性が浮かんでくる。



「断罪者を、私に適合させようとしていた…」



こんな簡単にイノセンスと適合出来るのか、と正直不安だがそれ以外考えられないのも事実だ。そしてミナの考えと勘が正しければ……、


――コンコン


「白崎さん?いるかい?」



ドア越しから聞こえてくる声に、ミナは覚悟を決めたかのように目を閉じた。恐らくコムイの用事は、断罪者の件だろう。

斬魄刀を腰に差し、中央庁の上着を着てガチャ…、とドアを開けた。



「…何か御用ですか?」



何の用かなんて分かってるくせに、と内心自分自身に笑みを向けてミナはコムイに問いかける。コムイは久しぶりに見たミナの姿に、一瞬ドキリとした。最後に見たのはレベル4との戦いの時。



「私は、戦う者です。人を、人間を、大事な人を護るためなら、


この命、くれてやる!!!」




その時、確かにコムイはミナの覚悟を見たのだ。



「……一つ、確認したい事があるんだ」

「確認…?」



すると、遠くから足音が無数に聴こえてきた。ちらっと目だけでそこを見ると、リナリーとアレンが互いに談笑しながら此方へ向かって来ていた。

2人も視界にミナとコムイの姿を見つけ、今にも駆け寄ろうとしてくる。その隙を狙ってか、コムイはゆっくりと口を開いた。



「ここに来て、一度でもクロス元帥と会ったかい?」



コムイの声の大きさからして、リナリーとアレンにも内容は聞こえていただろう。だって現に足のスピードが緩まったのだから。

ここで嘘をついても仕方が無い、とミナは正直に話すことにしたのだ。



「ウォーカーさんと、クロス元帥。お二人がお話された後にお会いしました」

「てことはクロス元帥が逃亡、あるいは死んだ日の前日…」



顎に手をあてて考えるコムイをジッと見つめるミナは、きっと疑われてるんだろうな、なんてどこか他人事のように思っていた。



「…師匠と、何を話したんですか…?」



ポツリ、と消えそうな声で問うてきたアレン。それはコムイも気になるのだろう、何も言わずに目線だけをよこしてきた。異質な空気が漂う中、リナリーだけがハラハラと心配そうに見てくる。



「…それにお答えする義務はございません。強いて言うのであれば…、元帥のイノセンスに無理やり触らされたくらいでしょうか」

「!!」



告げられた真実に、コムイは一つ謎が解けた。先ほど、断罪者の適合がクロスじゃなくなったとヘブラスカに言われ、しかも新しい適合者は既にミナだとも聞かされてここに来た。

自分から尋ねるよりも早く知ることになるとは…。コムイはほんの少し肩の力を抜くことができた。



「どうして師匠が…!」

「それは私にもわかりません。何故そのような行動をされたのか、元帥は何も仰らなかったので」

「…恐らく、断罪者を白崎さんと適合させるため、だね」



ここで漸くコムイが本題を口にした。元帥達しか知らない事にアレンとリナリーは目を見開いた。ミナだけはやっぱりか、とため息にも似た息を吐き出したのだが。

その様子を見ていたコムイは訝しげに眉間に皺を寄せる。



「知っていたのかい?」

「いえ…、ですが考えてみればそれしかないと思っていましたから」



だが面倒なものだな。それがミナの率直な感想だった。この世界の物であるイノセンスに適合したということは、ミナは半ば強制的にこの世界に縛られる事になったということだ。

クロスもそれを知っていて行動に移したのだろう。タチの悪い男だ。



「それじゃあ、断罪者を渡すから一緒について来てくれ」

「いえ、私には必要ありません」

「え……」

「大丈夫です。咎落ちにはなりませんから」



にこりと微笑んだミナの言葉に、三人とも固まった。そんな様子を見たミナは苦笑いを零す。



「では、失礼します」



ぺこりと頭を下げてその場を去る。コムイの戸惑うような声にも反応せずに。


















「ハワードー……って、任務か…」



ノックもせずにリンクの部屋へ堂々と入るミナだが、何時もの怒鳴り声が飛んでこない事で漸く中が無人だと気づいた。

殺風景な風景にふぅ、と気疲れしたような溜め息を吐き、皺が綺麗に伸ばされたベッドに躊躇いなく座った。そのせいで皺が出来てしまう事などミナは気にしない。


ぼーっとしていたミナは、ふと無意識に太腿に装備していた断罪者を手に取った。カチャリ、と金属音が静かな部屋にはよく響いた。

なぜ断ったのにミナの手元にあるのかと言うと、答えは簡単だ。あのコムイとの話から数日経ち、突然ルベリエに持つように言われたからだ。命令には逆らえないミナは二つ返事で頷き、断罪者を手に取ったのだ。



「…いらないっての」



けれど文句なんて言えない。ルベリエの事を慕っているミナにとって、ルベリエの言うことは絶対なのだ。

だが……、



「……隊長」



ぽつり、と小さく呟く。



「…隊長、隊長……隊長、…隊長…!」



儚く消えてしまわないように、何度も。

みんなが任務中でよかった。こんな情緒不安定な中で会ったりなんかしたら、何を言ってしまうか分からないところだった。



「しんじ、さん……!」



あいたいの、どうしようもなく




はらりと落ちた涙の雫は、じんわりとシーツを濡らした。
















「…ミナ…?」

「…平子隊長?どうかしましたか?」

「……いや、なんでもな…くないわ!すまん桃!」

「え、っちょ、隊長!?」



平子は隊長羽織をはためなせながら瞬歩を使いながら急ぐ。どこへ向かっているかだなんて自分でもわからない。けど、けれど、



「喜助!!」

「これはこれは、珍しいお客さんですね。どうかされましたか?そんなに急いで、」
「ミナの居場所を探してくれ」



向かった先は現世の浦原商店。そこの店主でもある浦原喜助は、突然開いた扉に驚いたものの、開けた人物が平子だと分かるとニマニマといやらしい笑みを浮かべた。

けれどそれを一刀両断するかように、平子は迷いなく告げた。



「……あの子は死んだと、アタシは貴方から聞いたんスよ。平子サン」

「……目ェ閉じたとこまでは見てんけどな、そっからは知らんねん俺は。死亡言うて聞いたんは一日経った後やった。

遺体は、見てへん」



確信を持ったその瞳に、喜助は帽子の奥に隠した目をゆるりと細めた。扇子の下にある口元は弧を描いている。



「…わかりました。調べてみましょう」

「流石やなぁ、そう言ってくれると思っとったで」

「にしても突然っスねぇ!何かあったんですか?」




「…隊長……、しんじ、さん…!」



そんな泣きそうな声で、


「あいたい…っ!」



そんなん言われたら、見つけへん訳にはいかんやろうが。


ミナ、かくれんぼ苦手やったやろ?すぐ俺が見つけたる。


やからそれまで待っとけ、ド阿呆。




「…別に、どっかのアホの泣き声が聞こえた気がしたからや」

「あぁ、…それなら早く見つけてあげないといけませんね。あの子は寂しがり屋ですから」