14


《コムイだ。撤退は中止。各班次の指示に直ちに取り掛かってほしい。これから第五研究室及び本部内の負傷者救助を行う。

レベル4は撃破された。長い朝は、終わったよ》



真ん中に大きく穴があいたレベル4の体がピイイ、と光り、爆発した。その光景を見たルベリエは確かな勝利にグッと右手に力を込めた。

ラビと神田は壁に背中を預けてぐったりとしている。それでも悪態をつくくらいの体力はあるらしく、「ザマミロ」と呟いていた。


すると、断罪者を肩に置いたままのクロスの足元に勢いよくレベル4の頭が降ってきた。それはゴロンと顔をクロスの方に向けると、やがて君悪く笑い出した。



「くはははははっ!! いいきにならないでくださいね。“ぼくていど”をはかいしたくらいで。おまえたちなんていつでもほろぼせるっ。

かつのは、われわれなのだ!!!」



目をかっ開いて不気味な事を言いのけたレベル4の頭を、「ぶぇっくしょい!」とわざとらしいタイミングでくしゃみをしたクロスがまるで手を滑らせたかのように断罪者を撃った。

その口元はゆるく弧を描いていて、



「おっと。サンプルにするつもりだっつのに」



なんとも嘘らしい言い訳にツッコむ者は誰一人いなかった。











カツン、カツン



「……、たい、ちょ…?」



朦朧とする意識の中、誰かの足音が響いた。ミナは壁に背を預けたまま、ぼんやりとする頭で「いや、隊長が…こんなあしおと、鳴らすわけないかぁ…」とへにゃりと顔を緩ませる。


その足音の主であるクロスは、“隊長”という言葉にピクリと反応したがすぐに止めていた足を再度動かし、ミナの元までやって来る。傷だらけの体に治療が施された跡はない。



「…手当て、受けに行くぞ」

「いー、ですよう…。どうせ、教団ここでは嫌われ者、ですから…」



諦めたようににへらと笑う。そんなミナの頭にクロスは容赦無く拳骨を落とした。仮にも怪我人に、だ。



「いっだぁぁ!! って、はれ…?クロス、元帥…?」

「他に誰に見える?おら、とっとと行くぞ」

「うわ、わわわっ!!」



無理やり体を起こされたかと思うと、ぐわっと俵担ぎにされた。ここは普通横抱きとかじゃないのか、と疑問に思うところだがミナにとっては横抱きより慣れた俵担ぎの方が断然嬉しかった。(よくギンと悪戯をした後に平子に見つかり、強制的に俵担ぎをされていたから)。


その後の事はよく覚えておらず、ミナの目が覚めた頃には当然クロスの姿はなかった。










ミナが医務室から出られたのはあれから数日経ってからだった。噂好きの看護師の人たちの話を盗み聞きしたところ、ルベリエとクロスがもうここから居ないことを知り、人知れずため息を零した(既にコムビタン事件も起きたが、内密裏に情報操作されたためミナは知らない)。

――まだ長官に何も話していないのに。

ミナの頭にはそればかりぐるぐると巡る。そう、これは後悔だ。ずっとうだうだして咄嗟になると口をつぐんで。まるで叱られ中の子どもじゃないか、とミナは失笑した。


引っ越しをするということで、纏めた荷物をベッドの側に揃えて置く。いつ出発してもいいように。

するとタイミング良くノック音が鳴り、いよいよここから出発するようだ。ミナはドアの向こう側に聞こえる程度に返事を返して手際よく斬魄刀を帯刀して荷物を持ち、部屋を出た。



「って、え?ブックマン…?」

「リンクがお前も連れてこいって言うからさ」

「お前のその態度はなんだ!すまんな、ミナ嬢」

「い、いえ…(ミナ嬢ってなんだ…)」



どうやら出発は明日のようだが、リンクの計らいでミナもブックマン達と一緒に行けるようだ。二人の温度差に若干引きつつも、三人は繋がれた方舟のゲートを潜った。



「よ〜〜っす、オツカレvV」

「なんじゃい、冷えるのぉここ」

「わっ、寒…」



突然現れたラビ、ブックマン、ミナにアレンとジョニーは驚きを隠せずにいた。ミナは騒がしくなったのを気にせずにキョロキョロと辺りを見渡すと、聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。



「ご苦労でした、ハワード監査官」



それに慣れたように敬礼するリンク。パッとミナは慌ててそこへ顔を向けた。



「キミも任務ご苦労、アレン・ウォーカーくん。来たまえ、今からキミは私の指示に従ってもらいますのでよろしく。ああそれと…ミナ、お帰りなさい」



アレンに向けていた嫌な笑みなどではなく、自然な微笑みにミナも顔を綻ばせ、リンクと同じように敬礼した。



「帰還が遅くなり申し訳ございませんでした。ただいま戻りました!」



最後に見たボロボロの姿ではなく、多少の包帯は残っているが元気なミナの姿を見て満足したルベリエは、貴方も来なさいと一緒に着いてくる事を促した。

勿論それに従わない訳がなく、ミナは張った声で返事をしてルベリエの半歩後ろを着いて行った。














アレンとクロスの話が終わり、部屋には静けさが戻る。これで中央庁は完全にアレンを敵と見なした事は間違いないだろう。

ミナはいつ、どのタイミングで自分の記憶の事を告げようかと思っていたが、そんなタイミングなど一度もこない。
ルベリエはコムイとの話を強制的に終わらせ、ミナに挨拶をしてから部屋を出て行った。残ったミナとコムイは気まずさ満載でどうしようもなかった。



「………!」



ピクリと反応したのは、ミナ。コムイに何を告げるでもなく部屋から飛び出してある方向へ一身に走る。

辿り着いた部屋のドアを思いっきり開けると、そこにはクロスが窓際に座りながらワインを飲んでいた。



「お?なんだ」

「いえ…なんでも、ありません…」

「そんな息切らしてよく言うな」



フッと鼻で笑うクロス。しかしミナの顔色はまだ晴れずにいた。青ざめ、どこか焦ったような表情は、さすがのクロスでも不思議に思う。



「お前、」
「私は、……人間じゃ、ありません」



クロスの言葉を遮り、不意に口から出たのはあれほどルベリエに言おうとしていたものだった。

突然打ち明けられたミナの正体にクロスは思わずワイングラスを落としてしまうところだったが、そこはクロス。まだ中身の入ったそれを無駄になどするはずもなく、ちゃぽんと大きくワインが波打つだけに止まった。



「私は死神です。この世とあの世の魂の調整者、即ちバランサーです」

「へぇ…で?俺を迎えに来たのか?」

「まさか。そもそも私たちの仕事は死者を迎えに行くことではありませんから」

「ふーん…それを俺に言ってよかったのか?見たところまだルベリエには言ってねぇみてぇだけど」

「それは…私にも分かりかねることですね」



へへ、とここに来て初めて子供らしい笑顔を見せたミナに、クロスは目を丸くして驚いた。そんな顔も出来るのかと。



「ここに来たのは…嫌な予感がしたから、」


――コンコン


ミナの言葉を遮るように突如鳴ったノック音。ビクリと大袈裟に反応したミナとは違い、クロスは静かに目をドアへ向けて断罪者を手に取った。



「だめ、やめて…」

「少しの間だったが、話せてよかったぜ」

「死ぬよ…?」

「フッ。いつ死ぬかなんて誰にも分かりゃーしねぇよ。おら、そこの窓から飛び降りろ。どうせ死なねぇんだろ?」

「私はもう死んでるから…っだから、」



ぎゅっと、クロスがミナを抱きしめた。震える体は次第に収まっていく。



「この事は誰にも言うな。それから…」



カチャリとクロスは持っていた断罪者を無理やりミナに触らせる。いきなり何を、と思ったがクロスの企むような笑みを見てこれ以上は教えて貰えないと即座に判断した。

まだまだ言い足りないのをぐっと堪えて窓枠に足を掛ける。静かに窓を開けてクロスに声をかけた。



「……死んだら、私が尸魂界に送ってあげる」



ニッと口角を釣り上げて笑ったミナは、雨の降る外へ身を投げた。

ガチャッという物音に、耳を塞いで。