13「ふたりとも!大丈夫!?」 真っ暗な中、蝋燭を片手にリナリーとラビの元へ駆けつけて来た婦長。その後ろではたった一つしかない蝋燭がなくなった事で騒音が目立った。 蝋燭によって灯された辺りは、証明やらグラスの破片やらで散らかっている。 「ちょっとまって。リナリー、私の靴を履きなさい。素足は危ないわ」 「えっ、いっいいよ、それじゃ婦長が危ない…」 「そうさ婦長!危ねェって、靴ならオレのブーツ貸すから…」 「お黙り。あなた達にケガされると私の仕事が増えるのよ」 「「すみませんッ!!」」 鬼のような形相でそう言われれば謝る他ない。その後もとげとげと言葉を投げてくるが、そのどれもが自分達を心配するものばかり。 「ホントここは大変。生意気なケガ人やら仕事中毒やら、ナースの言うことなんて誰も聞きゃしないんだから…。 きつくない?サイズは大丈夫だと思うけれど…」 「…あったかい、婦長の靴」 充てがわれた靴にそっと手を添えるリナリー。その口元は笑顔とは言い難いが、それでも小さく綻んでいる。 「履き忘れたんじゃないの。すぐヘブラスカの所に行ってイノセンスとシンクロするつもりだったから、ワザと何も履かなかったの。 …足、あったかい」 言葉の端々に感じる覚悟と重み。 「あったかいね…」 とうとう我慢していた想いが決壊して、涙となって流れていく。リナリーはまるで子供の頃のように婦長に抱きつき、婦長の宥めるような言葉を聞くがそれは逆によりリナリーを追い詰めてしまった。 生きたい、戦わないと、兄さん ボロボロと涙を流すリナリーの想いが、今紡がれていく。それをラビは目を見開いて聞いていた。 「イノセンスなんて大っきらい!! どうしてこんなに苦しまなくちゃならないの、どうして兄さんを苦しめるの!!!」 初めて聞いたリナリーの本音。ラビはあのいつも見ていた強かなリナリーとは真逆の姿に呆然としていたが、突如流れた放送にハッと覚醒した。 《 繰り返す、アクマレベル4が科学班フロアに侵攻中!》 紡がれたものは、残酷なものばかりだった。 「しろいろーずくろす、「しつちょう」」 「逃げてくださいっコムイ室長!」 標的に定められたコムイ。そんな彼を守ろうと 「くろのきょうだんえくそしすとのしれいかんですね。そのくび、えくそしすととおなじかちがあるのでしょう」 「室長!!」 ぐっと首を掴まれ、身動きが出来なくなったコムイ。けれどすぐに刃が二人の間を引き裂いた。 パキン、と割れた音が鳴る。ふわりと高く結ってある黒髪がコムイの視界の前で揺れた。 「ちっ、コムイテメー武器庫もっと充実させとけよ」 「か、神田くん!?」 お決まりの舌打ち。すると探索班がすぐにレベル4に向かって なのに、なのに。 レベル4は焦るどころかクスクスと笑い出した。その笑い声を聞いた神田は先程折れた刀を放り、背中に背負っていた刀を構えた。 そんな中、突然コムイの通信機からヘブラスカの声が聞こえた。ヘブラスカの話は自分にとっては頷き難いものだった。 《イノセンスさえあればまた本部は立て直せる。コムイ!!》 《まだリナリー・リーの力がある!ヘブラスカ!》 しかしこんな時でも運命というのは残酷で。出てきた名前は自身の最愛で大切な妹。 「長官!?」 ルベリエは目の前の扉を力一杯開けて、静かに口を開いた。彼の脳裏に過るのは、数ヶ月前に自分の部下が拾ってきた少女の姿。 「ルベリエ…」 「リナリー・リー。君はエクソシストだろう」 ドクン、ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。リナリーはまるであの日のようなルベリエの風貌に、たらりと冷や汗を一つ流した。 「おいで」 吐き出された言葉さえ、皮肉にもあの日と同じものだった。 《――この本部から撤退する!まず探索班は……》 「聞いたかね?ヘブラスカを囮にするそうだ」 コムイの辛そうな声が、頭で反復される。カタカタと震えるリナリーは、ガッと握られた腕に無意識にそれを突き放していた。 「聞こえたかときいているんだリナリー・リー!!! アクマがッッ、エクソシストが戦うべきものが、そこにいると言っているんだ!!」 怯え切ったリナリーにとって、ルベリエの顔、声、言葉、その全てが恐怖の対象だった。そんなルベリエの腕を払ったのは、遠目で見ていたラビ。 婦長もリナリーの肩を抱きながらルベリエに反抗するが、ルベリエは聞こえないふりをしてまたリナリーへ向き直る。 「おいで、リナリー。キミの進化したイノセンスならレベル4に立ち向かえるかもしれない。エクソシストが守られてどうする」 「おい…!!」 「アクマはエクソシストにしか破壊できないのだよ。それが戦わなくてどうするのかね」 「やめて…っ、聞いてはダメよ…!」 「教団の為に戦いたまえリナリー」 「やめろよッ!!」 「キミはエクソシストだろう!!!」 最後に言われたルベリエの言葉。それはどこかミナが言っていたものによく似ていた。 「私は、戦う者です」 リナリーはさっき婦長が履かせてくれた靴をそっと脱いで、ラビの横を通り過ぎ、ルベリエが開けたままだった扉の外へ足を踏み出した。 カタカタ震える体を抑えるように自分の腕でぎゅっと抱きしめる。 「ダメよ…っ、リナリー…どうして…」 「来ないで、婦長。ありがと…」 ルベリエはまだラビに掴まれたままだった腕を払い、リナリーの元へ歩く。 「わたし…兄さんが来てくれたあの日…、もう…ここから逃げられないと思った。あの時、私は逃げることをやめたの。 やめて…エクソシストになったんだよ…」 そう言ってリナリーは歩き出した。ラビは堪らずリナリーの名前を叫ぶが、それは無残にも儚く散ってしまった。 ここにいてくれ、と。そう言ってくれた兄に小さく謝罪を口にして、リナリーはそっと涙を流した。 そのすぐ後に、ラビも追いかけるように駆け出した。 「――ありがとう、杏樹」 「構わん。だがいいのか、大衆に見られてしまったが」 「…もう、隠せるものじゃないし…何よりこれ以上隠したくないから。だって、この力は…今までの私の全てだよ?」 「フ…そうか、ならばいい」 「うん…、じゃあ杏樹は暫く休んでいて。お疲れ様、ありがとう」 「フン、主に死なれては困るからな」 口角を小さく上げた杏樹は、しゅるりと斬魄刀の中へ消えた。傷口もすっかり治ったミナはぐるりと周りを見渡して、ぎゅっと刀を強く握った。白かった刀は今や普通の刀の形状に戻っている。 驚きに目を染めた人々を一瞥して、ミナは霞む視界で見えたアレンを追いかけるために瞬歩で向かった。 辿り着いたそこは、まさに激戦と言っても過言ではないくらいの荒れ様だった。神田とラビがアレンの刀を支えている光景を見た後、ヘブラスカの所へ視線を向ける。そこにはリナリーがコムイに抱えられて苦しそうに悶えていた。 すぐにミナは駆け出そうとしたが、レベル4に痛めつけられた脇腹に鈍痛が走り片膝をつく。いくら傷口が治ったとはいえ、中身はボロボロなのだ。ぐっと痛む傷に奥歯を噛み締めて上を見上げる。 目線の先では、リナリーが見事イノセンスとシンクロして、アレンと共に今レベル4相手に戦っていた。 「っ、るべりえ、長官…!」 どうしてここに長官が。あそこに居ては巻き込まれてしまう。それだけでミナは刀を地面に突き刺して立ち上がった。 痛いからなんだ、もっと痛い想いをしたでしょう。 ふ、と小さく笑みを浮かべたミナはリナリーとアレンの加勢へ足を踏み出した。 ――ガキンッ!! 「っミナ…!」 「白崎さんっ、」 「余所見してる場合?しっかり敵を見て」 突如現れたミナに驚きを隠せないアレンとリナリー。そんな二人に構わず、ミナは次々に攻撃していく。 「またあなたですか、おかしいですね…あんなにいためつけてやったのに」 「お陰様で死ぬかと思ったよ。でもね、生憎私はこんな所で死んでられないんだよ」 「はっ、しかしこうげきはよわくなってますよ」 「そんなに痛いのがお好き?なら要望どうり……燃ゆり灰となれ、炎珠!」 ゴウッ!と一瞬燃えた刀。辺りにはチリチリと火の粉が舞う。刀身は赤く染まり、周りの風景がボヤけて見える。 「さっきのものとちがいますね…」 「ふふ、そう。どうせならこっちも味わってみて欲しくて、さっ!!」 レベル4に向かって刀を奮う。ズキッと痛むのなんて知らないふり。ミナは目を細めて斬りかかる。そんなミナに続くようにアレンとリナリーもそれぞれの武器をレベル4へ。 そんな時にクロスの声が突然響いた。何やらレベル4にイノセンスを使ったみたいだ。相当キレているクロスが口にしたのは、「撤退は中止」。それほどイラついているようだ。 けれどレベル4も負けてはいない。 「きらい、きらいきらいきらい!いのせんすだいっきらいぃぃっ!!!」 「コイツ…まだ動けるのか!?」 レベル4は自身に突き刺さっていたアレンのクラウン・クラウンを自力で引き抜き、バチバチと電気のような音を響かせる。 「あまいね。このぼくがこのくらいでこわされるわけないでしょう」 「いいや、お前はブッ壊されんだよ。理由を教えてやろうか」 一瞬にしてレベル4の前まで迫ったクロスは、断罪者を向けて撃った。レベル4はパンッ!とそれを払ったが、 「見えたのは一発だけか?」 バララ…と落ちる数は一つなどではない。するとツ…と額から垂れてくる血。そこで漸くレベル4は気づいたのだ。一発ではなかったことに。 途端にぶくぶくと膨らむ体。そんなレベル4を見ながらクロスは余裕そうに煙草の煙を吐く。 「おっとそうだ、理由だったな。一発は で、残りはオレの服を台無しにした分だ」 にっこりと微笑んだその口から紡がれるのは、何とも言い難い理由だった。 そうして油断していたからだろうか、レベル4はぶくぶくに太った体のまま上へ飛び上がった、が、 「 「縛道の六十一 アレンが道化ノ帯で、ミナが縛道でレベル4の動きを封じる。見たこともない技を使ったリナリーやクロス、ルベリエ、アレンは驚いてミナを見るがまたも知らないふりをする。 縛りを振り抜こうともがくレベル4だが、目を上に向けるとそこには膝にトントンと指を打ちながら待ち構えている人影が。 「ほら、ガンバれガンバれ。来いよ、たぁっっぷり遊んでやるぜぇ」 ソカロの言葉にレベル4は怖気づき動きを止める。その隙を狙ってアレンとリナリーがレベル4に向かって最後の一撃とでも言うかのようにトドメをさした。 「ちくしょう…くやしいなぁ。でも、いっぱいころしてやったよ、はくしゃくさま…」 ドオォォン、と大きな音を立ててシャッターは閉まった。 |