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久々に会ったのだからのんびりお茶でもしようかとミナが提案したが、リンクはNOの一言で断った。

何故?とミナは聞こうとしたが、リンクとアレンの傍にあった大量に積み重なっている書類を見て、納得した。



「……長官にお会いしないと」



まだ残っていた練り切りを食べ切り、ボソリとミナが呟くと、やはり近い距離だからかリナリーにもそれは聞こえてしまっていた。

見るからに震えてしまったリナリーを心配する周りに、思わずミナはため息を零してしまう。そんなミナを見たラビはガタンッ!と大きな音を立てながら立ち上がり、その胸ぐらを掴んだ。



「テメェ!何ため息ついてんだよ!!」

「ッ、はなして、よ!」



思ったよりも大きな声を出してしまったミナだが、今はそんなことを気にしてる場合ではない。

記憶の戻った今、無闇に触られるのには抵抗があるのだ。それは、“彼”に出逢う以前の出来事が関係しているのだが、そんな事を知る由もないラビにとっては、突然払われた事だけに苛立ちを見せる。



「何するんさ!!」

「勝手に掴んできたのはそっちでしょう…?それと、リーさんの事に関しては私のせいじゃない、責任をなすりつけないで!」



キッとラビを睨みつけ、ミナは出て行った。その後ろ姿をラビは憎々し気に見つめていたが、ハッとリナリーの事を思い出し、リナリーに優しく声をかける。



「リナリー!大丈夫なんか?」

「え、えぇ…大丈夫よ。あと、白崎さんは悪くないよ、ラビ」

「………分かってるさ」

「ふふ、…後で謝りに行かないとね」

「……そうさね」



こんな会話があったなんてミナは勿論知らない。ただ込み上げてくる怒りを早く鎮める事だけを考えていたのだった。















――次の日、ミナは自己嫌悪に陥っていた



「あああああ!もうなんで!私のバカ!長官にお会いしないといけないのに!たかだか“記憶が戻った”って伝えるだけでしょ!? もう信っじらんない!」



自室でそう叫ぶミナだが、いきなりピタッと暴れるのをやめた。

そう、ミナにとっては“たかだか”ではないのだ。自分にとって記憶が戻るということは、本当の自分を取り戻したということ。


――人間ではない


ミナが伝えようとしているのは、ようはそういう事なのだ。



「…取り敢えず、もうこんな時間だし…部屋から出ないと」



長官にどうお伝えしよう、ともんもん考えながらミナは部屋を出た。


――瞬間、ミナはすぐに何かが“オカシイ”と気づいた。


物音一つしない辺り。だが遠くから何か音がする。

そう、とてつもない何かが起きていると、ミナは感じた。



「ッ……くそっ!!」



ミナは死神の力である瞬歩を使い、音の鳴り響く方へ急いだ。










「ぁ、ッ室長!」

「!!白崎さん!?」

「遅れて申し訳ございません。今の状況の説明をお願いします!」



ドアに縋り付いていたコムイを見つけ、ミナは思ったよりも大きな声で呼び掛けた。

コムイは今までリナリーと話していたのだが、タイミングが良いのか悪いのか、それは本人達にか分からないことだ。


リナリーはミナが来たと分かって、ラビと共に話を聞くことに。



「…ノアが攻めて来たんだ。今、科学班のみんなが…」



そこまで言って話すのをやめてしまったコムイだが、ミナはそうですか、とそれだけを呟いて走ろうとクルリと体の向きを変える。



「っどこに行くんだい!?」

「勿論、戦いに」

「ッ………!」

「私は、戦う者です。人を、人間を、大事な人を護るためなら、


この命、くれてやる!!!」



吐き捨てるようにミナは叫び、コムイが見ている前だからと走ってその場を去った。

そんなミナの言葉を聞いていたリナリーとラビは、グッと拳を握りしめる。互いに、戦う武器がなく、為す術もない“非戦闘員”だ。だが、本当は違う。自分たちはエクソシストであり、ミナの言う通り“戦う者”だ。



「リナリー…?」



ラビの戸惑う声が、リナリーの耳に入る。リナリーはただ、目の前の扉をジッと見つめていた。












ミナが辿り着いたそこは、惨劇としか言いようがなかった。

もう終わった後のような静けさが、ミナに舌打ちをさせる大きな要因となったのは間違いないだろう。凄まじい戦いの爪痕が、嫌に目に焼きつく。



「いつでもいいぞ、ミランダ」

「は、はい」



そんな会話が聞こえてきた。少し遠い所でその会話がされていて、ミナは今から何かするのか、と行動の行く末を眺める。

が、ミランダが何かをする前に、足元から現れた“液体”によってそれは阻まれた。



またも始まった戦い。ミナはすぐには出て行かず、タイミングを見計らっていた。すると、元帥達が一斉に攻撃をしようと武器を構え出した。

ミランダごと卵を壊す気なのだと、ミナにはすぐに理解できた。



直後、物凄い地震が建物を襲う。



「キャアアア!!!」

「みんな!ふせなさい!」

「っ、なんつー事を……」



ミナは瓦礫の埃でケホケホと軽く咳をしながら上を見上げる。と、そこにはアレンがミランダを抱えていた。



「助かったか…」



ホッと息をついたのも束の間。

どこからか、笑い声が聴こえた。



「やめろ…」



小さな小さな声が、ミナの耳に届いた。その瞬間、バクを捉えていた“何か”が、人の形を型取り、お腹に“4”と刻まれて生まれてきた。



「…な、にあれ……」



ジョニーが泣き崩れる。そんなジョニーを守るようにアレンが前に立った。


人の形をしたそれの膨らんだお腹が、いつの間にか割れていたのにアレンとミナは気づく。そして、



「ぼく、れべるふぉお」



今までのアクマとは比べ物にならないものが、そこには存在た。



「あ、っ、………こ、わ、」



こ わ い


そう口走ろうとした自身の口を、ミナは咄嗟に手のひらで覆った。怖い?そんなのみんな一緒だ。

なら、なら……、



飛びたて、杏樹



始解された刀、斬魄刀がミナの手に握られる。刀身は純白に、切っ先は鋭く尖っている。そして、それを握るミナの姿は、本来の死神の姿である――死覇装を身に纏っていた。



「行くよ、杏樹」



相棒に声をかけ、ミナは一気にレベル4と間合いを詰めた。アレンがレベル4によって攻撃された瞬間、瞬歩でレベル4の目の前に迫り、刀を振るった。



「ちっ、こんどはだれですか?」

「今度は、私と遊んでくれる?」



フッと口角を釣り上げて、嫌味ったらしく笑う。挑発は上手くいくかどうか不安だったが、どうやら案外挑発には乗りやすいタイプみたいだ。



「みなごろしです」



笑みを浮かべるレベル4は、その言葉を吐いてミナへと攻撃を仕掛ける。だが、ミナとてそこら辺にいる平隊員などでない。五番隊四席を名乗っており、しかもその席官の実力などゆうに超えている。



「…なんですか、この“はね”は」



ミナが刀を一振りする度に舞う純白の羽。そのあまりの神々しさに、アクマも、エクソシストも、誰もが今の現状を忘れてそれに魅入ってしまった。

レベル4はそれに触ろうと腕を伸ばしたが、瞬時に“危険”と判断し、反射的に腕を下げた。レベル4が触ろうとした羽は、ふわり、ふわり、と舞い落ち、触れた地面を朽ちさせた。



「ふはい…!?」

「あーあ、触らなかったか。ま、懸命懸命。…貴方で2回目だよ。羽を触らなかったのは」



1度目は、思い出したくもないあの忌まわしき空座町での決戦の時だった。杏樹の能力は、例え知っていたとしても魅入らざるを得ないもの。なのに、藍染惣右介はそれに触れなかった。彼もまた、先程のレベル4と同様に触ろうとしたが、咄嗟の所で腕を引いたのだ。



「…私は、貴方を葬る」

「ぼくがやられるわけ、ないだろ!!」



ゴォォ!とレベル4が目に見えない速さでミナへとその拳を減り込ませようとするが、普段夜一や白夜と鬼ごとをしていたミナにとっては遅すぎた。

ふっと目を瞑り、刀身を滑らせて――



天の翼撃セレスティアル!!」



カッと目を見開き、刀を水平に横切らせた。刀身から今までとは比べ物にならないくらいの羽が舞っていく。そしてそれはレベル4にどんどん張り付いていく。

ボロボロと朽ちていくが、あまり大きなダメージは与えられていない。見兼ねた元帥達が手を出そうとした瞬間、



「杏、」



鈴のようなミナの声が、スウ…と溶け込み、


凄まじい爆発音が、部屋を包んだ。



「な、にが………!」

「“天の翼撃セレスティアル”。通常よりも3倍の羽を放出し、敵に自動的に張り付く。そして私の合図で、爆発する。それは外側からだけじゃない、内部からも破壊していく」



マリの無意識の問い、だがこの場にいる全員の問いに、ミナは淡々と答えた。しかし、その答えは想像を遥かに超えていて、誰もが思わず沈黙してしまった。



縛道の二十六 曲光きょっこう



スッと指先を矛の形にして、鬼道を使う。曲光とは、霊圧で対象物を覆い、見えなくするもの。ミナはそれで科学班の人達を見えなくしたのだ。



「ねぇ、いつまで寝たふりしてるの?早く起きてよ、時間が勿体無い」



宙に浮きながら下を見下ろしていると、土煙の中から憤怒の表情をしたレベル4が現れた。その勢いのままに拳を突き出すレベル4に、ミナは呆れた顔をしてその腕を斬ろうとした。

…が、すぐに刀を引いて瞬歩でレベル4と距離を取る。すると、大きな音と共に先程までミナがいた場所の後ろの壁が減り込んでいた。



「……やるねぇ」



ミナがポソリと呟く。教団の人間達は、初めてのレベル4という未知なる存在に恐怖していたのにも関わらず、ミナは一人でレベル4と互角に、いやそれ以上の戦いをしている。

その光景に誰もが見入っていたが、突如レベル4が大きく口を開けて“鳴いた”。



「うあっ!?」

「ぐぁああああ!!」

「なんだ…っ」

「あああああっ!なんて鳴き声だ!耳が…潰れる…っあああっ!!」



マリがいつも着けているヘッドフォンを外す。常人よりも耳が優れているマリにとって、この鳴き声は毒……それ以上のものだった。



「あ、ぁあッ……から、だ、が……」



小さく呻くミナだが、震える手で斬魄刀を握りしめ、それを何の躊躇いもなく太腿に突き刺した。痛みにより、これ以上平衡感覚を失わないためだ。



「な、……めて、……やめて!!」



味方をも殺して行くレベル4は、ついにまだ沢山の人間がいる場所を突き止めてしまった。

痛みに耐えながらミナはレベル4に向かって刀を掲げるが、



「どうしました?うごきがにぶくなりましたね」



――ドスッ!!



「ガ、ハッ―――!!!」



レベル4の握られた拳は、容赦無くミナの横腹を貫通した。



「めざわりです、にどとぼくのじゃまをしないでください」



トドメ、とでも言わんばかりに反対側の横腹も同じように貫通させられた。

ブシュッ!と噴き出る血は、とどまることなく地面を濡らして行く。そんなミナに満足したレベル4は、ミナから離れていく。


マリアの力で動けるようになったクロスは、急いでミナの元まで行く。



「おい、おい!しっかりしやがれ!!」

「…ハッ、ゲホッ!ゲホッ!…ロ、ス、げん、すい…」

「よし、生きてんな……我慢しろ、すぐに治療を、」
「そ、な、こと、より……アレを、とめ、ゴホッ…!ッ、ヒュー、とめ、て、っ」



ドクドクと流れる横腹の傷口に、クロスは手を当てる。すぐにその手は赤に染まっていくが、そんな事を気にしている場合ではない。

一刻も早くミナを治療しなければならない。なのに、その肝心のミナが“治療よりもレベル4を止めろ”と言っているのだ。



「お前…!自分の状況が分かってんのか!?」

「わか、て、ます……ゴホッゴホッ!」



咳き込む度に血を吐くミナ。すると、ミナの握っていた刀が突然光りだし、それはどんどん人型を辿っていく。


光りが晴れ、そこにいたのは――



先程の刀のように白く、美しい着物姿の男が立っていた。



「我は杏樹。あるじの斬魄刀だ」



細められた目は、この場にあるもの全てを見通していた。