11そして坊やは 眠りについた…… 息衝く灰の中の炎 ひとつふたつと 浮かぶふくらみ 愛しい横顔 大地に垂るる 幾千の夢 銀の瞳のゆらぐ夜に 生まれおちた輝くおまえ 幾億の年月が いくつ祈りを土へ還しても ワタシは 祈り続ける 歌が、聴こえた 優しくて、けどどこか哀しくて きゅうっと胸を締め付けられる、そんな歌が…――― ミナは微睡む意識の中、沢山の大声で目を覚ました。その声は、この方舟で聞いた声ばかり。 一体どうなったのか、途中で意識をなくしたミナには分からず、ただ痛む体をゆっくりと起こした。 「起きたか」 「ッ、……クロス、元帥……」 「お前には聞きたいことが山ほどある、が、その前に、」 座っていた腰を上げてミナに近づくクロス。リナリーはクロウリーを心配しながらも、そっとことの成り行きを見守っていたが、息を切れ切れにして入ってきた男組のせいで話は中断されてしまった。 その後、黒の教団にゲートが繋がれ、皆想い想いに"ただいま"と口にしていく。そんな光景をミナは一歩下がったところでぼーっと見ていた。 「(いいなあ、私も教官に言いたい。会いたい、教官だけじゃない……トクサ達にも、)」 ヨロッとよろける体を斬魄刀で支えて、私は誰にも気づかれることなく外へ出た。 「……ここなら、誰も来ない…かな」 静かな空気に包まれたそこは、人の気配が一つもしない。それもそうか、とミナは先ほどのどんちゃん騒ぎを思い出し、ほうっと長い息を吐いた。 全てを思い出した。このことを長官に報告しなければならない。ミナはここに来るまでにずっとそのことだけを考えていた。 自分の記憶が戻ったことは勿論だが、一番は自分が"人間"、否"生者"ではないことだ。 アクマでもなければ人でもない、"死神"ということを包み隠さず説明しなければならない。 「……やだ、よ。…嫌われたく、ないよ…」 そう、ミナの気がかりはただ一つ。 その全てを口にして、嫌われることを恐れているのだ。 別にリナリーやアレン達に知られて嫌われたと言ってダメージは然程ないが、教官たちは違う。ここの知識は全て彼らから与えてもらった。 そして、この世界でミナを信頼してくれている、数少ない人たちなのだ。 「……も、やだ………帰りたい…」 ぎゅうっと縮こまっていると、いきなり体が誰かに包まれた。 そっと目を開けると、真っ白な髪が目に入る。――そう、ミナの斬魄刀、杏樹だった。 「…杏樹…」 「嘆くでない、主よ。狭い世界で嘆いてどうする、もっと世界を見ろ。 我の知ってる主は、もっとお強く、気高い。そんな主だからこそ、あの金髪小僧も主を傍に置いたのだ。自信を持て、太陽を遮るな。 主は、一人ではない」 杏樹の言葉一つひとつが、ミナの心にじわりと染み込んでいく。するとふわふわと舞う純白の羽に、クスクスとミナの笑い声が森に響いた。 「ふふ、…元気付けてくれてるの?」 「……彼処は暗くて敵わん、早く光りで照らせ」 「っふふ、ふふふっ……うん、待ってて」 慈愛に満ちた表情で杏樹に笑いかける。その笑顔に杏樹はやっとホッとした顔をして、斬魄刀へと戻っていった。 キインと輝く刀身にクスリと笑い、朝日の登る空を見上げた。 ぐるるる、 「うう〜、お腹空いたあ!ご飯!いや、甘味がいい!鯛焼きー!!」 うがー!とさっきまでの落ち込みはどこへ行ったのか、お腹を鳴らしながら立ち上がる。 まずは腹を満たそう、それから長官へ報告しよう。そう決めたミナの行動は早かった。 中央庁の真っ黒服を翻し、教団内で適当な人に食堂の場所を尋ねると、すぐさまそこへ向かった。 「あああ…やばい、おなかぁぁぁ…」 やっと辿り着いた食堂は、どこかざわざわとしていたがミナには関係ない。ふらぁ〜っと歩きながらカウンターに行くと、声をかけられた。 「アラ?貴方は?」 「…どうも、中央庁から来ました。新しいエクソシストです…まずは、ご飯を……」 「あらあらちょっと!! 大丈夫貴方!!」 「鯛焼き…三色団子…練り切り…」 「わかったわ、ほら、座ってなさい!」 「ありがとうございます…」 お腹が空きすぎて気分が悪い。テーブルに額をつけて静かにしていると、目の前に置かれたのはミナが注文した品々。 バッと顔を上げると、そこにはさっきの人が笑顔で立っていた。 「はい、お待ちドーン!」 「わぁ…!ありがとうございます!いただきまーす!」 「ふふ、味わって食べてねン」 ホクホクと鯛焼きをパクり、と一口食べるともう美味しいのなんの。餡子の甘さも絶妙だし、皮はパリッとしてる。 皿の上に置かれていた五個あった鯛焼きは、ミナの胃袋にペロッと収まってしまった。 「(そういえば…恋次も鯛焼き好きだったっけ…。現世に行ったら絶対買ってたもんなあ……)…ここのは現世のより美味しいや」 気分をほくほくとさせたミナは、次に練り切りへ手をつける。その前に見た目だ。練り切りはまさに和菓子。 ジェリーの作ったそれは、実に精密で細かいところまでこだわっている。よくあの短時間でこれほどのものを、とミナは感動して言葉も出ない。 菓子楊枝で四等分に切り分け、その一つを口に入れる。入れた瞬間、ミナはあまりの美味しさに悶え、立ち上がった。 いきなりのことで、食堂内はシーンと静まり返り、皆ミナへ視線を向ける。もちろんリナリーやラビたちも。 皆の視線を一身に受けたミナは、一人ということもありほんのり頬をピンクに染めてすごすごと大人しく座り直した。 「………ミナ…?」 だが、それもミナを呼ぶ声ですぐに終わることになった。 自分を呼ぶその声は、ずっと焦がれていたものだから。 ずっとずうっと、聴きたかった。 「……ハワード…?」 沢山の書類をアレンと共に抱えた、黒い服を纏った彼、ハワード・リンク。 ミナは食べかけの練り切りをテーブルの上に置き、リンクは書類の山を同じテーブルに崩れないように置く。 その様子にアレンやラビたちはギョッとして、リンクの名を呼びかけるが当の本人は知らぬ顔。今や二人は互いしか見えていないのだから。 「……はわ、ど…」 「ミナ…」 「っ、ハワード……!」 ぎゅうっと、キツく、キツくミナはリンクに抱きついた。リンクも驚かず、当たり前のようにそれを受け入れ、自身もミナの背に腕を回した。 「ハワード、わた、わたし、」 「ミナ、…お帰りなさい」 リンクの零れた一言に、ついにミナの涙腺は崩壊してしまった。ぽろぽろぽろぽろ零れ落ちる涙を拭いもせず、ただぎゅっと腕の力を強めた。 「ひ、っ……た、だいま、ただいま…ハワード…!」 「はい、…長官も来ていますよ。ちゃんと無事な姿を早くお見せなさい」 「んっ…あのね、ハワード、私「どどど、どういう関係なんさ!二人とも!」 ミナのセリフを遮ったのは、赤毛の兎ことラビ。よく見るとリナリーやアレン達も気になるらしく、先ほどまで結構距離が空いていたにも関わらず、もう隣に来ている。 リナリー達は自分のことを嫌っていたんじゃなかったのか、とミナは自分勝手な彼らに対して、バレない程度に眉間に皺を寄せた。 それはまるで、これから始まる何かに対しても示唆しているようだった。 |